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大鳥圭介生誕地保存会 大鳥圭介塾 塾長

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2015/06/25
猪尾守之さん
(68)
兵庫県上郡町
大鳥圭介生誕地保存会 大鳥圭介塾 塾長
兵庫県の最西端、岡山県との県境に上郡町がある。町のキャッチフレーズは「さわやかに歴史と未来の出逢うまち」

中世の武将・赤松円心に関する史跡や、明治維新に日本の近代化に貢献した大鳥圭介の生誕地があり、多くの歴史ファンが訪れている。一方、町の東北部には、世界一小さいものが見えるX線自由電子レーザー施設「SACLA」があり、豊かな自然の中に史跡と科学の最先端施設が共存している。

猪尾守之さんは、定年退職後、大鳥圭介に魅了され熱心に研究を重ねた。地域の誇りである彼の生きざまを町民に伝えるとともに、町を訪れる人に、観光ガイドとして大鳥圭介ゆかりの地や上郡の名所などを案内している。

写真:大鳥圭介生誕地保存会 大鳥圭介塾 塾長 猪尾守之(いおもりゆき)さん

大鳥圭介に出逢う

猪尾守之さんは上郡に生まれ、地元の高等学校を卒業後、京都大学で物理学を学んだ。日本初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士の教え子だった。

卒業後は神戸の住友ゴム工業に勤務。タイヤの研究、設計に携わる。名古屋に転勤した期間を除いて、定年まで上郡から片道1時間40分かけて通勤した。休日に地域で行う川や池の草刈などには参加してきたが、積極的に地域活動に関わることはなかった。

写真:上郡町

平成19年、定年退職した猪尾さんは、たまたま書店で大鳥圭介のことを書いた本を手にする。地元、上郡の出身者であるのに、大鳥圭介のことは、何も知らなかった。夢中で読むうちに、大鳥圭介のファンになった猪尾さん。「圭介さんから学ぶ(苦境を乗り越えてきた、その智慧に学ぶ)」とノートに記した。

写真:大鳥圭介

大鳥圭介

大鳥圭介の魅力を伝える

その頃、平成23年の大鳥圭介没後100年に当たる年に向けて、老朽化した生家を改築し、大鳥圭介を地域の誇りとして顕彰しようという機運が町の中で高まっていた。生家の前を流れる岩木川流域や近隣の自治会の役員で構成される「大鳥圭介公生誕地保存会」が組織され、県民交流広場事業の整備費や公募の寄付金を活用して、大鳥圭介の生家を「いきいき交流ふるさと館」として建て替え整備することとなった。保存会の会長である小林登喜夫さんから「大鳥圭介のことを勉強してくれないか」と頼まれた猪尾さん。「在職中は上郡に何も貢献してこなかったので、これからは、地域に尽くしたい」という気持ちになっていたことと、大鳥圭介の生き方に深く感銘を受けていたことが相まって、研究に没頭する日々を送る。

書店で本を手にするまで、大鳥圭介のことをほとんど知らなかった猪尾さん。資料を集め、研究を進めるうちに、時代を動かしてきた大鳥圭介の偉大な姿に魅了された。しかし、町役場の前に立派な銅像が立っているものの、町民でさえ大鳥圭介のことを知る人は少なく、認知度のないことを残念に思った。

「偉大な先輩のことを知って誇りに思ってほしい、上郡の財産であることを認識してほしい」という思いが、猪尾さんを駆り立てた。研究で得た知識をわかりやすくまとめた資料には、子どもたちにも地元の宝であることを伝え、上郡を好きになってほしいとの思いから、似顔絵を描いて親しみやすいものになるよう工夫した。

写真:上郡町役場前に建つ大鳥圭介像

上郡町役場前に建つ大鳥圭介像

平成21年、猪尾さんは、大鳥圭介の偉業を学び語らうために結成された「大鳥圭介塾」の塾長に着任。大鳥圭介ゆかりの地を訪ねてくる人の案内をするようになる。

平成22年、大鳥圭介ミニ資料館としての機能を併せ持つ「いきいき交流ふるさと館」が完成。猪尾さんの集めた資料や研究成果を収納し、公開する場所ができた。

ふるさと館では、第1、第3日曜日の午前にふれあい喫茶が営業され、町内外から多くの人が集まる。この時に合わせて大鳥圭介塾も開かれ、町の人たちに圭介の魅力を伝えている。塾には小学生も参加しており、子どもたちが地域の偉人を学ぶ貴重な場にもなっている。

写真:いきいき交流ふるさと館

いきいき交流ふるさと館

写真:猪尾さんの作った資料(いきいき交流ふるさと館)

猪尾さんの作った資料(いきいき交流ふるさと館)

観光ボランティアガイドSACLA

上郡町では、赤松円心や大鳥圭介ゆかりの場所や、駅家跡(うまやあと)などの史跡を訪ねる人が増え、町民はガイドの必要性を感じていた。

その頃、猪尾さんと保存会の小林万里さんは、大鳥圭介の生誕地を訪ねてくる人に、積極的にガイドをしていた。また、観光のボランティア団体を立ち上げるなら協力すると手を挙げる人も現れた。このような動きの中で組織化の必要性を感じた町の観光担当者は、声掛けや募集をしてメンバーを集め、平成22年、観光ボランティアガイド「SACLA」を結成。猪尾さんも加入した。

上郡町と佐用町、たつの市にまたがる播磨科学公園都市「光都」には、理化学研究所の大型放射光施設「SPring-8」とX線自由電子レーザー施設「SACLA」がある。「これまで見えなかったものが見える。見えたものから新しいこと(現象)が見える」という「SACLA」の特徴にあやかり、自分たちも観光名所を案内するだけでなく、その歴史や時代背景などを交えて紹介し、観光客に満足してもらえる案内をしたいというメンバーの思いを伝え、命名の承諾が得られた。

メンバーは、赤松円心や大鳥圭介にまつわる史跡や、町内にある有名な巨木等を案内するほか、光都にチューリップの植え付けをするなど、幅広く活動。ひょうごツーリズム協会主催の観光ボランティアガイド発表会にも参加するなど研鑚を重ね、質の高いガイドを目指している。

「上郡を訪れた人が喜んで帰ってくれることが、ガイドの喜び」とメンバーは口を揃える。

猪尾さんは、外国人観光客にも対応できるよう、得意の語学力を生かして英語表記の案内板も作った。

ガイドとして「圭介さんの魅力を伝えられることが嬉しい」と言う猪尾さん。

「オオトリケイスケ」の生誕地と聞いて「鳳啓助?」と思っていたという観光客は、鳳啓助が大鳥圭介の生き方に感銘を受けて名前を芸名に頂いたということを聞き、「上郡出身でない鳳啓助の博学ぶりに驚き、改めて大鳥圭介の大きさを感じた」と話した。

写真:X線自由電子レーザー施設 SACLA

X線自由電子レーザー施設 SACLA(©RIKEN)

観光ガイドSACLAのメンバー

観光ガイドSACLAのメンバー

温故知新

「歴史は繰り返すと言うが、先輩たちの歩んできた道や、失敗してきたことを学んでいないように思う。先輩たちがいかに問題を解決してきたかということを学ばなくてはいけない」と、猪尾さん。これまでまばらであった研究成果や資料をまとめ、次世代に伝えていきたいと語る。

遠方から“圭介さん”を訪ねて来てくれる人たちがいる。その人たちを案内しながら、思いが共鳴する時間を持てることが幸せであると感じている猪尾さん。新たな資料や情報を届けてくれる人とつながることで、更に視野が広がる。

「次から次に課題が見つかる」と目を輝かせる猪尾さん。知れば知るほど魅力が深まる地域の財産を伝えていくため、資料を紐解き、研究に没頭する日々が続く。

写真:好きな言葉「温故知新」とともに。

(公開日:H27.6.25)

〈大鳥圭介〉天保3年(1832)~明治44年(1911)

赤穂郡細念村の村医者の子として生まれ、岡山の閑谷学校や大坂の適塾で儒学や蘭学を学んだ。江戸幕府の歩兵奉行に抜擢され、大政奉還後の戊辰戦争では、土方歳三や榎本武揚らと会津や箱館五稜郭で明治維新政府軍と戦い、最後まで幕臣として貫いた。

戊辰戦争後は、入牢したが赦免され、その後、明治政府の高官として活躍。アメリカ・イギリスで産業視察を行い殖産興業に尽力、工部大学校(現在の東京大学工学部)初代校長や学習院院長として教育界にもその名を残した。公使として外交に力を注ぎ、日本の近代国家の発展に力を注いだ。

医者、軍人、工学者、教育者、政治家、文学者として幕末から明治末まで様々な立場で「己の身を顧みず全力で国家のために尽くす」という信念を貫いた。

上郡町教育委員会発行 「上郡町の偉人 大鳥圭介」より抜粋

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