すごいすと取材記

淡路人形座坂東千秋 さん(55) 兵庫県南あわじ市

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9歳での出会い、20歳での決断

 

演目「戎舞」 皆さんに福を授けるといわれる戎様

 

「人形を操る3人の黒衣(くろこ)が、上演開始から5分くらいたったある瞬間にスッと視界から消えるんです。太夫(たゆう)の語りや三味線が自然に耳に入り、人形が一人で動いてしゃべっている不思議な世界が広がります。」
淡路人形浄瑠璃の魅力を語る坂東さん。時折、話に混じる身振り手振りは、人形に命を吹き込んできた人形遣いの手を思わせる。坂東さんがこの世界へ入るきっかけになったのは、小学3年生で参加し始めた地元地域の子ども会活動だった。
「後継者難になっていた淡路人形を衰退させられないと、地域の子ども会が活動に人形浄瑠璃を取り入れ始めた頃でした。それが最初の出会いでした。」
伝統芸能に子どもたちが取り組む珍しさも手伝い、神戸をはじめ遠くは北海道へも公演に出かけて行ったという。
「お芝居の内容が人情の機微に触れた悲劇が多いこともあり、おじいさんやおばあさんが涙を流すんです。大きな拍手と共に『すごいな』『えらいな』『ありがとう』と声をかけてもらえました。人形浄瑠璃って人の心を感動させるすごい芸能なんだと、子ども心にも感じました。」
中学3年生まで活動を続け、高校卒業後は一般企業に就職したが、ある日、淡路人形座の手伝いに参加していた同級生から声がかかる。
「日曜だけでも、手伝いに来てくれないか。」
座員の高齢化で、人形を遣う人手が足りないというSOSだった。
「まるで人間のように人形が動いているプロの芸に、改めて感動したんです。」
こうして毎週末、人形遣いとして通い始め一年が過ぎた頃、坂東さんはいよいよ選択を迫られる。
「月曜から土曜までは自分の仕事、日曜は人形座で自由な時間がまったくない(苦笑)。このまま二足のわらじを続けるか辞めるか考えた結果、だめでも、若いからなんとかなるだろうというくらいの気持ちで転職しました。」
厳しい技芸の世界へ飛び込んだのは昭和58年、20才の時のことだった。

 

淡路人形座の支配人を務める坂東千秋さん

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