すごいすと取材記

空き缶でもうけてもええ会事務局長千種和英 さん(46) 兵庫県

ギャラリーを見る

過疎に負けないまちおこし

岡山県との県境、中山間地域に位置する佐用町。その町の中心部、JR姫新線佐用駅前に約40軒の商店が連なる佐用商店街がある。

千種さんはこの佐用商店街に生まれ育った。家業はLPガスの販売業。子どもの頃はよく軽トラの助手席に乗って、ガスボンベの配達について回った。そこで出会った色んなお客さんと心やすく話をする父親を見て、小さいながらに自分も跡を継ぐのだと心に決めていた。

「ガスという生活必需品を扱っていたこともあって、お客さんの家に勝手に入って作業することもあった。逆にそうしないとお叱りを受けるような関係でもあったんです」

小さなまちの住民と商店の信頼関係。こうした人間同士のしっかりとしたつながりが、千種さんは子どものころから大好きだったのだという。

 

願いどおり、24歳の時に、父のもとで仕事を始めた千種さん。商工会の青年部にも入り、先輩たちに可愛がられながら毎日仕事に、商工会活動にと励んでいた。

ただ、若者の流出や大型店の台頭で、次第に元気をなくしていく商店街に、先の不安を感じ始める。

 

30歳を過ぎた頃、千種さんは佐用町が立ち上げた商店街を中心としたまちの活性化検討グループのリーダーとなる。集められたのは同世代の住民や商店街関係者。買い物客を増やし、佐用商店街を活気づける策を編み出そうと、全国の商店街の先行事例を持ち寄って学んだ。それぞれに魅力ある活動。商売を成り立たせて、地域を元気づけるような取り組みが全国各地で進められていた。

被災からの復興、学生を巻き込んだ取り組み、過疎高齢化にどのように立ち向かうか――それぞれに抱える課題は異なるが、その理念や手法に学ぶものは多かった。

 

そして千種さんは事例集を読むだけでは飽きたらず、自腹を切って全国の商店街に足を運んだ。

そこで感じたのは、商店街活性化は集客だけで終わるという代物ではないということ。魅力的な地域にこそ、人が集まり買い物客が増える。個性のある魅力的なまちをつくろうと奔走する商店主や住民の熱を、千種さんは肌で感じたのだという。

「要はみんな筋金入りの『まちづくりバカ』なんですよね」

志を同じくする全国各地の仲間との縁が、ここから始まった。

全国リサイクル商店街サミット

全国から商店街の有志が集まる全国リサイクル商店街サミット。(宮城県南三陸(旧志津川)町・平成17年)

特に感銘を受けたのが東京の早稲田商店街の空き缶回収の取り組み。回収機に空き缶を入れると商店街で使える金券や割引券、それに商品が当たる仕組み。楽しみながらリサイクルと集客を兼ねる当時画期的なシステムだった。

 

ぜひ佐用でもやりたいと、千種さんが立ち上げた団体が「空き缶でもうけてもええ会」。

早稲田商店街へ何度も足を運び、そのユニークな手法を学び、佐用でもその空き缶回収機の導入を実現させ、まちの大きな話題となった。

 

その後も千種さんは各地の取り組みにアンテナを張り、これはと思う取り組みはどんどん吸収していった。

例えば住民自らが、佐用の地域情報を伝えるテレビ番組「佐用チャンネル」。

熊本県で始まった「住民ディレクター」の活動を佐用でも始めた格好だ。

制作に参加する住民が増えるまでは、企画、レポーターや編集などの作業を千種さんが担当。一時は「商店街の千種さん」より「TVレポーターの千種さん」として、声を掛けられるほどだった。

 

そして佐用の名を一躍有名にしたホルモン焼きうどんの取り組みにおいても、千種さんは中心的な仕掛け人のひとりだ。

神戸長田のそばめしに注目が集まっていたこともあり、新長田の商店街との対決イベントを仕掛けた。ご当地グルメブームに乗り、新長田のそばめしや高砂のにくてんなど県内のご当地グルメとともにそれぞれの地域の盛り上げに成功した。

 

ただ千種さんが細心の注意を払ったのは、ブームに過剰反応しないこと。

小さなまちで、大きなブームに合わせた商売を始めたら、そのブームが過ぎ去った後に負債だけが残ってしまう。何に取り組むか、その内容も大切だが、まちづくりのために取り組むことを見失ってはいけない。

 

まちの体力を損なわないように、それでいて歴史や魅力を最大限に引き出すような商品やイベントでまちを盛り上げたい。ふるさと佐用を愛するがこそ、そこにある資源が花開くようにじっくりと腰を据えて、千種さんはまちづくりに取り組んできた。

1 2 3 4 5