すごいすと取材記

菊炭生産者今西勝 さん(77) 兵庫県

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サラリーマンをあきらめて継いだ家業

小さいころから家業である炭焼きを手伝っていた今西さんは、中学校卒業時、サラリーマンになりたいと思っていた。就職先も決まっていたが、父一人では家業を続けることが難しかったため、諦めなければならなかった。高度経済成長の初期、同級生がほとんど村を出てしまい寂しい思いもした。がんこな父に反発して家出したこともあったという。

早くに母を亡くした今西さんの胸の奥には「妹2人も後を追うように幼くして逝った。ぼくは墓を守るために残された」という使命感のような思いもあった。リヤカーで大阪の天王寺まで炭を売りに行っていた父の苦労も見ていた。今西さんは「炭焼き農家を代々受け継いでいくのは理屈では語れない」と話す。

500年を越える歴史があるといわれる川西市の黒川一帯で生産される一庫炭(池田炭)は、千利休が茶会で愛用し、豊臣秀吉が称賛したことで有名になった。鉱山の燃料としても使われ、日常生活においても燃料といえば炭や薪だったが、昭和30年代に電気やガスが普及したことから炭焼き農家はしだいに減り、今では今西さんの1軒だけとなってしまった。

今西さんの家から見える里山の景観

今西さんの家から見える里山の景観

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