すごいすと取材記

大鳥圭介生誕地保存会 大鳥圭介塾 塾長 猪尾守之 さん(68) 兵庫県

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温故知新

「歴史は繰り返すと言うが、先輩たちの歩んできた道や、失敗してきたことを学んでいないように思う。先輩たちがいかに問題を解決してきたかということを学ばなくてはいけない」と、猪尾さん。これまでまばらであった研究成果や資料をまとめ、次世代に伝えていきたいと語る。

遠方から“圭介さん”を訪ねて来てくれる人たちがいる。その人たちを案内しながら、思いが共鳴する時間を持てることが幸せであると感じている猪尾さん。新たな資料や情報を届けてくれる人とつながることで、更に視野が広がる。

「次から次に課題が見つかる」と目を輝かせる猪尾さん。知れば知るほど魅力が深まる地域の財産を伝えていくため、資料を紐解き、研究に没頭する日々が続く。

写真:好きな言葉「温故知新」とともに。

(公開日:H27.6.25)

〈大鳥圭介〉天保3年(1832)~明治44年(1911)

赤穂郡細念村の村医者の子として生まれ、岡山の閑谷学校や大坂の適塾で儒学や蘭学を学んだ。江戸幕府の歩兵奉行に抜擢され、大政奉還後の戊辰戦争では、土方歳三や榎本武揚らと会津や箱館五稜郭で明治維新政府軍と戦い、最後まで幕臣として貫いた。

戊辰戦争後は、入牢したが赦免され、その後、明治政府の高官として活躍。アメリカ・イギリスで産業視察を行い殖産興業に尽力、工部大学校(現在の東京大学工学部)初代校長や学習院院長として教育界にもその名を残した。公使として外交に力を注ぎ、日本の近代国家の発展に力を注いだ。

医者、軍人、工学者、教育者、政治家、文学者として幕末から明治末まで様々な立場で「己の身を顧みず全力で国家のために尽くす」という信念を貫いた。

 

上郡町教育委員会発行 「上郡町の偉人 大鳥圭介」より抜粋

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