すごいすと取材記

NPO法人 関西芸術文化支援の森 ゆずりは 代表理事和泉喜久男 さん(63) 兵庫県

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若き音楽家の悩み

少年時代から歌うことが何よりも好きだった和泉さんは、小学5年生だった昭和36年、西宮少年合唱団に一期生として入団し、中学卒業まで在籍する。阪神間で初めての少年少女合唱団として創立され、現在も国内外で多彩な活動をしている名門だ。

県立鳴尾高校でも合唱団に入ってテノールとして活躍した後、大阪教育大学特設音楽課程に進学。この頃はプロの声楽家を夢見ていた。

「学生時代に憧れたのは、フェルッチョ・タリアヴィーニというイタリアのテノール歌手でした。彼の歌う『忘れな草』が今でも僕の一番好きな曲です」

その一節を口ずさみながら、和泉さんはほほ笑む。

若き日の和泉さん

大学在学中、学内発表会で独唱する和泉さん

大学生の頃は、仲間と四重唱を組んでキャバレーに出演するアルバイトをした。いまや大物となった男性演歌歌手のバックを務めたこともある。報酬は驚くほどよかったが、芸能界の複雑な舞台裏を垣間見ることもしばしばだった。「僕、真面目な人間なんですよ」と笑って語る和泉さん。これは自分の進むべき道ではないと思った

一方で、プロの声楽家への道も決して生易しいものではなかった。出演の機会を得るためには、公演のチケット買取りなどの負担を求められる。また、過酷なスケジュールの下、厳しい条件で演奏しなければならないこともある。そんな実情を知るほどに、このままでは自分の受けた音楽教育も無駄になるのではないかと不安を抱くようになった。

「こういった悩みは、今の多くの若手音楽家も同じように持っているのではないでしょうか」

教育大に在学していた和泉さんは、悩んだ末、教師の世界に身を置いて音楽を続けて行こうと決心した。

県立西宮高校

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