すごいすと取材記

株式会社灘菊酒造 杜氏川石光佐 さん(36) 兵庫県

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杜氏への道

灘菊酒造の蔵元の三人姉妹の三女として生まれた川石光佐さん。「家業を継いで欲しい」と言われたことはなかったが、上二人の姉はそれぞれ酒造とは別の道に進み、子どもの頃から慣れ親しんだ家業の酒造りの行く末が気になっていた。

高校卒業後、東京農業大学農学部醸造学科に進学。全国から集まってくる酒蔵の後継者たちと共に、酒造りを学んだ。

学業を終えて実家に戻った川石さんは、当時灘菊の酒造りを取り仕切っていた南部杜氏、鎌田勝平さんの下で3年間の修行をした。この頃、川石さんに杜氏になろうという意識はなく、美味しいお酒を造るため、鎌田さんの手伝いをするくらいの気持ちだった。

「修業と言えるほど自覚を持っていたわけではなく、一緒にさせてもらっただけ」と笑うが、この3年間で鎌田さんから酒造りについて多くを学んだ。

写真:灘菊酒造

昔ながらの蔵が残る灘菊酒造。黒田官兵衛の家来・栗山善助の屋敷跡に建つ

ところが、平成15年、鎌田さんが杜氏を退職することを決め、灘菊の酒造りは大きな転機を迎えることとなった。

近年では杜氏を招かず自社で醸す蔵元が増えてきている。灘菊でもこの年を最後に外部の杜氏を雇わないことになり、今後の酒造りをどうしていくのかについて、社長、鎌田さん、川石さんの3人で話し合った。

鎌田さんは、一緒に仕事をしてきた3年の中で、杜氏に必要とされる統率力と判断力、重圧を背負っていく力を、川石さんが持っていると見抜いていた。

「これまで通りの酒造りを、光佐さんに続けて欲しい」

長年の間、灘菊の酒を守ってきた鎌田さんの強い思いが胸に響いた川石さん。

「播磨の杜氏として蔵人たちの気持ちをまとめ、地域の酒蔵の和を大切にしながら、美味しいお酒を造り続けていこう」

覚悟を決めて、バトンを受け継ぐ決意をした。

写真:大釜

灘菊酒造見学コースにある、昔使っていた大釜

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