すごいすと取材記

青山1000人会岸岡孝昭 さん(71) 兵庫県

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“神戸から一番遠い仮設”から始まった支援活動

1995年、阪神・淡路大震災の翌日、市水道局の職員だった岸岡さんは、給水支援で芦屋市に向かった。道中、横倒しになった高速道路や陥没した道路を目の当たりにし、技術職員として公共工事に関わってきたが自然の猛威の前にはかなわないと誇りを打ち砕かれたという。そして、炊き出しなど一過性のイベントではなく、継続的支援の必要性を感じ、帰任後も、休日には芦屋市内のボランティアに加わったのだった。

青山幼稚園での防災教育の様子

震災から1カ月後、神戸や近隣の自治体では敷地を確保できず、姫路市でも仮設住宅の建設が始まった。市内4カ所の玉手、新白浜、御国野、南駅前に計569戸が整備された。住み慣れた自宅からの距離に“神戸から一番遠い仮設”と呼ぶ人もいた。姫路でも活動を始めるべく、同年4月、支援グループ『姫路こころのケアネットワーク』を立ち上げ、仮設住宅の訪問を開始した。

東北での支援活動の様子

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