すごいすと取材記

阪神高齢者・障害者支援ネットワーク理事長黒田裕子 さん() 兵庫県

ギャラリーを見る

生き抜いた命を守りたい

病院機能が正常に戻ったことから、救護所はその役割を終え、黒田さんも病院勤務に戻ることになる。

同じ頃、神戸市長田区内で高齢者や障害者への支援を行っていた医療・福祉従事者のグループから、活動を手伝ってほしいと声がかかる。後に阪神高齢者・障害者支援ネットワークとなる『長田地区高齢者・障害者緊急支援ネットワーク』だ。支援ネットワークでは、震災当日からケア付きの緊急避難所を立ち上げ、ボランティアで運営していた。

被災者はそれぞれのくらしで手一杯。誰もが予期していなかった大災害に、高齢者や障害者に対するケアの手が圧倒的に足りていないのだという。

 

今彼らを支える行動をとらなければ、さらに死者は増える。せっかく助かった命がみすみす失われるようなことは、決してあってはならない。

黒田さんは市立病院を辞職し、一ボランティアとして支援活動に身を投じることを決意する。

 

黒田さんの新たな活動拠点となったのは、神戸市西区に設置された西神第7仮設。1060世帯が暮らす大規模仮設住宅だ。高齢者や障害者、ひとり親家庭などを優先的に受け入れた結果、社会的弱者が多く集まる「まち」が生まれることになった。特に65歳以上の独居者は450名に及び、「まち」のほぼ半分の世帯が「独居老人」だった。

震災以前は、隣近所の助け合いのなかでくらしてきた高齢者たち。見知らぬ人たちばかりの仮住まいに、ともすれば閉じこもり、生きる気力さえも失っていく。扉が閉ざされたままでは、何が起こっても助けることはできない。

黒田さんらは、まず住んでいる人を確認することからスタートした。対象としたの西神第7仮設に加えて周辺の仮設住宅を含む約3,000戸に及ぶ。

初めは住んでいる人数すらわからない。一軒一軒を訪ねて歩き、扉をノックし、声をかける。応答がない場合は電気のメーターを確認し、周りの人に聞いてまわる。状況が把握できれば、定期的に訪問し、健康相談や生活介助も行った。

 

こうした支援活動の拠点となったテントは、住民がふらりと立ち寄れるようにと、24時間体制でいつでも開かれていた。

「被災者は、日が暮れてから寂しさがつのる。その寂しさにこそ、ボランティアは寄り添うべき」

夜にこそ支える人が必要だ。黒田さんはそう考え、24時間常駐ボランティアのリーダーを引き受けたのだという。

「黒田さんは『仮設の天使』と呼ばれてました」当時一緒にボランティア活動を行った人は懐かしそうに笑った。

仮設住宅での運動会

互いに交流を深めるため、仮設住宅で実施した運動会

やがて仮設住宅でのくらしが長期化していくとともに、認知症の増加と症状悪化や、アルコール依存症、そして虐待など、住民らが抱える問題の深刻さは増していった。

黒田さんたちは、医師らによるなんでも相談コーナーやふれあい喫茶などを新たに設置。住民が気軽に立ち寄り、日々の交流が生まれるような仕掛けを試みた。

 

さらに「共に生きる」という考え方を一歩進め、仮設住宅を改造し、独居者や少人数の世帯のための『グループハウス』を作ることを計画。それぞれの居住空間と共同スペースを持つ住居をつくり、そこで自立した生活と、いつでも誰かがいる安心感が得られるくらしを目指した。

市と度重なる交渉を行い、仮設住宅の改造と運営の許可を取り付けた黒田さん。金銭的な補助は受けられなかったが、企業などの協力を得て資金を調達し、オープンにこぎつけた。

仮設にうまれたグループハウス

グループハウスでの茶話会

「ボランティアはいつか離れる。被災者のくらしは被災者自身がつくらないと。」

与えるだけの支援ではなく、片時も離れずに寄り添うことで、被災者自らが力をつけ、お互いに支え合えるようになって欲しいとお手伝いを続けてきた黒田さん。

平成11年9月に西神第7仮設が解消されるまで4年3ヶ月。仮設住宅にも自治会が生まれ、震災直後から全国各地より駆け付けてくれたボランティアに代わって、自分たちのまちを良くしたいと、住民自身や地元ボランティアが活躍するようになっていた。

この間、西神第7仮設において、孤独死と認定されたケースは3件だという。大規模仮設住宅においては異例の少なさだった。

 

その後、被災者の生活の場が復興住宅へと移り、住民らはそれぞれの地域でまた一からつながりを作らなければならなくなる。このため、阪神高齢者・障害者支援ネットワークは、西神第7仮設解消後も被災者や地域の高齢者・障害者に寄り添う活動を続けることにした。

復興住宅にほど近い神戸市営地下鉄伊川谷駅構内に『伊川谷工房』を構え、今もデイサービスや仕事づくり、復興住宅での支援活動などに取り組んでいる。

毎年1月17日には、当時の仮設住宅の住民やボランティアが集い、あの時を悼み、乗り越えてきた日々を語り合う。

 

伊川谷工房では、喫茶コーナーや相談事業も続けられており、不安や悩みを抱えた人もふらりと立ち寄って、誰かと話ができるように開かれている。

ひとつの命も失われないコミュニティであるために。信念は変わることはない。

仮設にうまれたグループハウス

伊川谷工房で行われている生きがい対応型デイサービス

1 2 3 4 5 6