すごいすと取材記

阪神高齢者・障害者支援ネットワーク理事長黒田裕子 さん() 兵庫県

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こうべの経験を伝える

黒田さんは神戸での支援活動の経験をいち早く被災地に伝えるため、大災害が発生したときには自ら現地に赴く。

中越地震、中越沖地震、三重県水害、そして海を越えてトルコ、台湾、四川、ハイチ――。国境を問わず、支援活動に駆け付けた。

各地での支援活動で、長年行動を共にする『被災地NGO恊働センター』のスタッフは、黒田さんは超人だと舌を巻く。

 

平成23年3月11日に起きた東日本大震災でも、黒田さんは翌日には現地入りしている。

直ちに、宮城県災害対策本部からの依頼で避難所を巡回し、特に高齢者や障害者など「要援護者」に適切な支援がなされているかを確認して回った。

4月の初めには、医療や福祉のサポートが特に手薄と判断された気仙沼市の面瀬中学校避難所を自らの拠点として支援活動を始める。全国からボランティアで訪れる看護師らと連携し、24時間体制で避難所や在宅避難者の支援活動に取り組んだ。

避難所が解消された後も、同じ面瀬地区の仮設住宅に拠点を移して、現在も現地のボランティアとともに独居高齢者や要介護者に対するケアと、ふれあい喫茶などを用意し、孤立させないコミュニティづくりを進めている。

「助かったいのちに寄り添い、守りたいという思いは、19年前と何一つ変わらない」

神戸市内の復興住宅でふれあい喫茶を実施した次の日には、気仙沼での訪問介護を行うこともある。

神戸と気仙沼。二つの被災地を行き来する生活がまもなく3年を迎えようとしている。

気仙沼で活動中の黒田さん

気仙沼で活動中の黒田さん。在宅被災者の方への訪問も欠かさない

またこのような取り組みを、経験のない若い世代に引き継いでいくことにも、黒田さんは力を注いでいる。

阪神・淡路大震災以降、黒田さんら当時活躍した看護師たちによって、「災害看護」の知識体系が確立されつつある。

今や看護師資格の国家試験の内容にも採用され、全国の看護師や看護学生が学ぶこの分野。日本災害看護学会の理事でもある黒田さんは、言葉だけのものにならないようにと、全国各地で教壇に立ってきた。

 

災害現場で安全に立ちまわるための服装や、水が十分に使えない避難所内でのトイレでどのように感染症を防ぐかといった実践方法も教えながら、看護師としてのあり方も指導する。

「処置だけを考えるのではだめ。その人のくらしを感じてこそ、とるべき行動が見えてくる」

休憩時間でも質問を受ければ、自身が体験してきた被災現場での経験を、時間を惜しむことなく話す。

 

東日本大震災では、現地で活動する教え子らと再会したという。疾病だけを見る看護師になってほしくない。黒田さんの思いは着実に次の世代に伝わっている。

宝塚市立看護専門学校での授業風景

実践的に考えられるようグループワークも行う。
「感染症を広げないゴミ箱の作り方と設置場所」がこの日のテーマだった。

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