すごいすと取材記

山口町自治会連合会顧問三谷弘志 さん(67) 兵庫県

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わがまちの記憶

西宮市中心地から山口地域へは六甲山系の山々を越え、車で40分ほど。市街地とは様子が一変して、豊かな自然が広がり、六甲山地に源流を持つ有馬川が地域の中心を南北に流れている。

夏になると手で掴めそうなほどホタルが乱舞するというこの川。川沿いは「有馬川緑道」と呼ばれ、地域住民の散歩コースともなっている。

 

三谷さんが子どもの頃は、地域の伝統行事である旧正月のとんどがこの川辺で行われていた。「とんど用に高さ3メートルほどの笹を刈って運んでくるのは、昔は子どもたちの冬の仕事だった」

有馬川緑道を歩きながら、そんな思い出を教えてくれた三谷さん。泳ぎは苦手だったが、それでもやはり他の子たちと同じく、日が暮れるまでこの川で遊んでいたという。

有馬川緑道

有馬川 山口地域の中心を南から北に向かって流れる。

山口町で生まれ、 育った三谷さん。子どもの頃、地域では農業を営む世帯が多かった。ただ耕地面積の狭さから、主流は兼業農家で、中でも地場産業だった竹カゴ製造との兼業が多く見られた。戦後、プラスチック製の商品にとって代わられるまでは、多くの家庭で分業された竹カゴ作りが行われていた。

「会社もいくつもあり、アメリカへ輸出していたほど 盛んだった。僕の母も内職でカゴを編んでいた」子どもたち はお駄賃目当てに、かご作りのお手伝いを買って出た。「ただ自分の家ではタダ働きになるから、みんな他所の家で一生懸命手伝っていた」と笑って振り返る。

また昔からこの地域ではだんじりが練り歩く秋祭りが盛大に行われる。旧村時代から続く 5地区の自治会はそれぞれに だんじりがあり、三谷さんが育った上山口地区のだんじりは、150年以上前、安政の時代に作られたものだという。

子どもの時はお囃子を担当し、青年になれば担ぎ手となる。地域で連綿と守り継がれた伝統のだんじりは、今も秋祭りの主役として活躍している。

有馬川緑道

山口町郷土資料館。秋祭りで実際に使用される各地区のだんじりが交替で展示される。

そんな山口地域も、高度成長期に入り、まちの様子が一変していく。昭和50年代には、中国自動車道が開通し、地域内に西宮北インターチェンジが設けられた。それとともに阪神流通センターが建設され、山口地域は物流の一大拠点となる。

大規模な住宅地開発も進み、 5千人程度だった人口は1万8千人ほどに増加した。住宅の改築も進み、それまで多く見られていた茅葺き屋根もどんどんと数を減らしていった。

そんな地域の移り変わりの中で、三谷さんは地域を離れることなく、会社員生活の傍ら、若い頃から消防団をはじめ地域活動に熱心に取り組み、やがて地区自治会の役員に推されるなど地域のリーダーとしての役割を担い始めていく。

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