すごいすと取材記

特定非営利活動法人 神戸まちづくり研究所野崎隆一 さん(76) 兵庫県神戸市

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まちづくりは、プロセスづくり

 

「高台移転か、転出か、公営住宅か……選択しろと言われても、まちがどうなるのかわからないままでは答えようがない。」
東北の被災地で、野崎さんは行政の提案に追い付けない住民たちの声に直面した。
「復興がうまくいかない一番の原因は、住民と行政の間に意見のキャッチボールがないこと。行政は住民は答えを返してこないと思い、住民は行政に置いてきぼりにされると思っています。キャッチボールに必要なのは、情報をわかりやすく、タイミング良く住民に伝えること。そのために、今こういう情報が必要だと判断する専門家が存在していることです。」
その専門家の役割を果たすのが野崎さんだ。震災から半年後の被災地では、同じく半年後の神戸の様子を、1年後の被災地では、1年後の神戸の様子をというように、震災からの時間の経過に合わせ復興体験を話してきた。
「阪神・淡路大震災の5年目、10年目、15年目を検証することで、復興の全体像が見え始めていました。震災から半年後は電車が通っていなかったとか、行政が決めた区画整備に『寝耳に水だ』とみんなが怒ったとか、私たちが経験した復興へのプロセスを伝えることができたんです。自分たちのまちがこれからどうなっていくのか、住民たちもイメージができたことで理解も深まっていきました。」
さらに住民たちには、被災した自分たちがどうしたいのか話し合う場づくりを提案した。
「まちづくりとは計画づくりではなく、プロセスづくりです。やってみないとわからないことだらけなのに、修正をしないままプラン通りに進めようとするからぎくしゃくしたり、できあがってみたら自分たちの望んでいたものではないという話になるんです。まちを動かし支えるのは、仕組みではなく人。住民が自分たちで考え、決定し、プランの修正ができて初めて、復興に向けて動き出せるんです。」
神戸の復興を経験した者として、伝えていく責任はいつまでもなくならないと話す野崎さん。伝える責任を、知恵とノウハウとして引き継ぐ機会が訪れたのは、平成28年4月14日、熊本地震の被災地支援だった。

 

気仙沼市唐桑町只越地区の住民と野崎さん。移転先の選定から関わり、住宅完成までを見届け、住民との信頼関係は揺るぎないものに。

気仙沼市唐桑町只越地区の住民と野崎さん。移転先の選定から関わり、住宅完成までを見届け、住民との信頼関係は揺るぎないものに。

 

支援した気仙沼市鹿折地区まちづくり協議会では、行政との円卓会議で復興の進め方について理解を深めた。

支援した気仙沼市鹿折地区まちづくり協議会では、行政との円卓会議で復興の進め方について理解を深めた。

 

 

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