すごいすと取材記

テキスタイルデザイナー小野圭耶 さん(35) 兵庫県西脇市

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“産地”という名のふるさとへ帰ろう

 

幼い頃から、いつもそばに布があった。
「祖父母が営んでいたシーツの縫製工場で、よくミシンを使って人形をつくっていました。高校では播州織の生地が使い放題だったんですが、それを目にしても自分のまちが織物の産地であることには関心が湧かなくて……。特別講師として授業に来られた製織の職人の方が、播州織のことをすごく楽しそうに話されていた姿の方が強く印象に残りました。」

 

播州織製造工程の様子。先染めされた鮮やかな色の糸が映る。

播州織製造工程の様子。先染めされた鮮やかな色の糸が映る。

 

卒業後は、大阪市の服飾専門学校へ進学。2年間洋服づくりを学び、就職活動を始めた小野さんに、進路を決定づける疑問を投げかけた人がいた。
「『どうして西脇市に帰らないの?』って訊かれたんです。それまでは、海外や東京のアパレルブランドに就職することしか考えていなかったんですが、『なるほど、地元に帰るという考えはなかったな』と気づきました。『せっかく地元で生地がつくれるのに』と言われたことで、高校時代に初めて自分でチェック柄の生地をデザインしたことや、専門学校で西脇の繊維関係施設でオリジナル生地を織ってもらったことで、自分のまち西脇が織物の産地であることを意識しました。」
このことをきっかけにUターンを決めた小野さん。その決心が、下請け中心の事業形態や若手後継者の不足に直面しつつあった播州織産地に、新たな風穴を開ける一歩になるとはまだ想像もしていなかった。

 

織機の細かく複雑な動きから、さまざまな柄が生まれていく。

織機の細かく複雑な動きから、さまざまな柄が生まれていく。

 

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