すごいすと取材記

指揮者佐渡裕 さん(53) 兵庫県

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見出し:音楽の力で震災からの復興を

まずは設立目的や活動内容を理解してもらうため、西宮市内の小学校や施設周辺の商店街などを自らの足で回った佐渡さん。商店街での集会では、「そんな立派な劇場を建てるお金があるなら、うちのローンを払って欲しい」と言われたこともあった。震災から7年が経っても、大切なものを失ってしまった被災者の現実は大きくは変わっていなかった。

だからこそ、この劇場の存在によって、多くの人たちに震災以前よりもまちが豊かになることを実感して欲しい。そんな思いから地道に活動を重ねた。子どもたちのために音楽教室を開催したり、餅つきや綱引きといった商店街のイベントに参加するなど、様々な活動を通して地域の人たちに思いを伝え続けた。

また、芸文センターの周辺整備にも心を砕いた。例えば、季節を感じるクリスマスツリーになる木の植樹やベンチの配置など、音楽を聴いたことのない人にも気軽に足を運んでもらえる場づくりを心がけた。

そして平成17年、大、中、小の3つのホールを有する芸文センターがオープンする。佐渡さんは、劇場を地域の人たちにとってかけがえのない「心の広場」となるような存在にしたいと、様々な試みを続けた。

オペラのプレイベントや劇場前広場でのクリスマスツリーの点灯式をまちぐるみで行ったり「オーケストラの生演奏を聴いたことが無い人に演奏会に行く縁を」と、堅苦しいものととらえられがちなクラシックコンサートの敷居を下げるため、入場料を500円に抑えた「ワンコイン・コンサート」や劇場の舞台裏などを見ることができる「バックステージツアー」なども開催してきた。こうした活動が着実に実を結び、劇場は地域の人たちにとって身近なものとなり、その存在が誇りとなった。

「人は打ちのめされても必ず立ち上がることができる。そして、そこに音楽は深く関わることができる」と実感した佐渡さん。西宮にやって来て、新しい「音楽の力」に気づかされた。

写真:ゆかたを着て、指揮をする佐渡裕氏

平成23年夏 喜歌劇「こうもり」の前夜祭

写真:黄色や青などカラフルに色付けされた配管

用途によって色分けされている芸文センター地下の配管。バックステージツアーで目にすることができる。

平成23年3月11日、甚大な災害が再び日本を襲った。東日本大震災だ。広がっていく被害の大きさに戸惑い、阪神・淡路大震災の時に襲われた無力感に再び苛まれた。

それから3日後、ドイツのオーケストラからチャリティーコンサートで第九の指揮をしてほしいという依頼があった。第九は、歓喜の歌として「人と人がつながり、一つになることは大きなよろこびだ」と歌っている。

震災にうちひしがれた人たちに今こそ必要なメッセージだと考えた佐渡さん。「音楽を通じて勇気、希望、力を届けていこう」と引き受けた。

このコンサートでは、演奏後、聴衆が拍手の代わりに黙祷を捧げた。この瞬間、「人が人を思うこと」の意味を実感し、勇気をもらったという。この経験をきっかけに、音楽への思いを更に深め、東北の各地に出向いて小さな演奏会を開くなど、被災地にエネルギーを与える活動へと踏み出すこととなる。

芸文センターの芸術監督として災害や復興に向き合ってきた佐渡さん。これからも息の長い応援を続けていきたいと語る。

 

写真:野外演奏にて指揮をする佐渡氏

平成23年4月 東日本大震災復興祈念のつどい(芸文センター前 高松公園)

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