すごいすと取材記

井吹台自治会連合会長坂本津留代 さん(64) 兵庫県

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新しいまちのまちづくり

坂本さん一家が移り住んだニュータウンは、全てが新しく、なんでも整っているように見えた。しかし、そこに暮らす人たちにとっては、ハード面が整っているだけで、本当のまちづくりは、住民が安心して暮らせる環境を整えることだった。

転居時、自治会などの組織がなく、生活に必要な取り決めがない状態だったまちは、引っ越しで多量にでるゴミの捨て場さえなかった。

ゴミ捨て場の設置を行政に相談した坂本さん。「ひとりの意見ではなく、皆さんの総意を得るように」と言われた。転居前は何もしなかったが、地域の組織にしてもらっていたのだと気付いた。守ってくれる人のいない新しいまちは、自分たちで守らなくてはならない。組織がなければ自分たちで立ち上げようと、一軒ずつ回ってお願いし、当時あった70世帯の殆どが参加して総会を開くことができた。坂本さんにとって、これが地域活動の始まりだった。

 
西神南ニュータウン

まちびらきから2年後、阪神・淡路大震災が発生。まちは被害が少なかったため、空き地や公園に仮設住宅が建てられ、後に復興住宅が建設された。

まちが成熟過程だったところに、たくさんの被災した高齢者が入居し、SOSを発することなく孤独死する人もいた。また、平成9年には、近くの須磨区で児童殺傷事件が起きた。

そのような状況の中、ボランティアに立ち上がったのは、坂本さんたち数人の母親たちだった。「私たちが力を合わせ、しっかり立ち上がらないと、まち全体が駄目になってしまう。危機感ではなく、ある意味『自覚』が芽生えました」

高齢者宅への訪問や登下校の児童の見守りなどを実施。次第に口コミでボランティア仲間が増えた。その後、仮設住宅の訪問活動をしていた民生委員、保健師、区役所、復興住宅の住人と一緒に「井吹台・地域見守り活動連絡会(見守り会議)」を立ち上げる。関係するすべての人が参加し、復興住宅の支援の在り方を一緒に考える見守り会議は、やがて全市に広がった。

 
20年前、一緒に民生委員として活動した白波瀬敏夫さん(現・神戸市西区社会福祉協議会理事長)

20年前、一緒に民生委員として活動した白波瀬敏夫さん(現・神戸市西区社会福祉協議会理事長)

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