すごいすと取材記

社会福祉法人プロップ・ステーション竹中ナミ さん(68) 兵庫県

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重い障がいを持ち生まれた娘がもたらした学び

結婚し、子どもにも恵まれ、主婦として暮らしていた竹中さん。二人目として生まれた長女の麻紀さんに重度の脳障がいがあることが分かり、人生はガラリと変わった。父親が障がい児の子育てに伴う苦労を憂い、「孫を連れて死ぬ」とまで言い出したのを見て、こう思ったという。「なんで娘が死ななあかんの?こんな日本はおかしい。変えてやる。」持ち前の反骨精神ですぐに行動した。

さまざまな障がいを持つ娘はどんな気持ちなのか?竹中さんはいろいろなハンディを持つ人に話を聞くことから始めた。まずは、視覚障がい者が集う場に麻紀さんを連れて参加するように。そうやって知り合った人たちの中から、しばらくして視覚障がい者カップルが結婚、出産した。目が見える自分でも家事や育児は大変なのだから、苦労しているのではないか?と、お節介にも友人夫婦の家を「何か手伝うことはない?」と訪問すると、整理整頓された棚にピカピカの床、自分の家より掃除の行き届いた状態に驚いた。「私たちは目が見えないので、床に何か転がっていて、赤ちゃんが怪我をしても気付かないかもしれない。だから何も置かないようにしているのよ。」と説明する友人に衝撃を受けたという。目が見えない人は“自分よりできないことが多い”と思い込んでいたが、健常者が普段使っていない感覚を総動員し、自分よりはるかに有能な人もいるのだ、と。

娘の麻紀さんと

娘の麻紀さんと

娘の麻紀さんの誕生をきっかけに、「いろいろな人がいて、社会は成り立っている」「障がいがあっても、健常者よりはるかに優秀な人がいる」ということを学んだ竹中さん。ある日、ベッドに寝たきりで指がわずかに動くのみという状態の友人から「働く場があるなら、就労したい」「世界にはコンピュータの情報通信技術(ICT)でつながって、会社へ通勤しなくても働くような人もいる」という話を聞き、世間の常識を覆す、寝たきりの友人が働ける場所を作ろうと、またも反骨精神で行動を起こしたのだった。

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