すごいすと取材記

「わくわくするために、生きていたい!」
淡路島で見つけた、自分らしい働き方

株式会社シマトワークス 富田祐介 さん(40) 兵庫県洲本市

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東京から淡路島へ、移住で考えた「働くってどういうこと?」

 

東京では企業に就職し設計の仕事に打ち込む一方、職場以外でもつながりを作り、様々なイベントを企画し続けた富田さん。しかし、それをどうやって仕事にすればいいのか考えあぐねていた頃、「淡路島で、島らしい仕事を創り出す事業の立ち上げを手伝ってもらえないか。」と声がかかりました。フリーランス時代、初めて仕事を依頼してくれた人からの誘いでした。
実は当時、富田さんは「淡路島へ戻るつもりはなかった。」と言います。しかし、「面白そうだ。」という高揚感と、まだ成果もなかったフリーランスの頃、手を差し伸べてもらったことへの感謝の想いから、「淡路島で独立しよう」と決めたのです。
東京での仕事を辞め淡路島へ移住後、富田さんが取り組んだのは「地域雇用創造推進事業」。地域の事業者が雇用を増やすための研修や、起業を目指す人がスキルを身につけるための講座の提供など、新しい雇用の創出を掲げた事業でした。富田さんたちは、事業計画書の作成から始め、1年がかりで事業化に成功。「淡路はたらくカタチ研究島」と名付け、事業推進員として働くことになりました。
「働くってどういうことだろう。淡路島や住民の人たちにとって、どういう働き方がいいんだろう。自分たちらしい働き方って何だろう。それをみんなで一緒に考えて、はたらくカタチを研究しよう。そんな気持ちで取り組んでいました。」

事務局として、年間100本に上る研修や講座の企画・運営を担当した富田さん。
「例えば、農産物の商品化を目指している生産者を招き、受講生たちで実際に商品開発に取り組んだりしていました。農業、漁業、畜産業の生産者、官公庁やホテルに勤める島の人たち、料理家、プロダクトデザイナー、プロデューサーといった講師の方たちなど、いろいろな人が集まっていましたね。」
「淡路はたらくカタチ研究島」の活動に取り組んだ2年間を、富田さんは「自分らしい働き方を考えるきっかけになった」と振り返ります。
「東京と淡路島とでは、働き方も暮らし方も、大切にしている価値観も違っていました。新しいか古いかではなく、それぞれの地域にはそれぞれの働き方があることを肌で感じたんです。大学卒業後、淡路島に通い始めた当初、昼も夜も私に会いに来てくれる島の人たちは、どうやって生活しているんだろうと不思議でした。朝から出勤して、働いて、残業して帰る、土日は休んで面白いことをする、それが『普通』だと思っていたからです。でも、淡路島の人にはそれが淡路の普通、東京の人にはそれが東京の普通でした。働くことに対する視点や捉え方が、違っていただけだったんです。」
自分がどういう働き方や暮らし方を選択するのかは、自分で決めればいい。そう気付いた富田さんに、いよいよ独立の時が近づいていました。

 

 

主催された、淡路島キャンドルナイトの様子

主催された、淡路島キャンドルナイトの様子

 

 

同じく主催された、東京thankshanabiの様子

同じく主催された、東京thankshanabiの様子

 

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