すごいすと取材記

えんゆう株式会社上田隆久 さん(36) 兵庫県

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マッチングと継続する仕組みを生み出し続ける

綿花はもともと江戸時代まで遡れば現在の加古川エリアで栽培があったものだ。姫路藩だったこの辺りで財政難解消のための綿花栽培が始まった。そこから靴下編みの機械を輸入し、靴下産業が興った。しかし徐々に海外からの綿が安くなり、靴下産業は残りつつも綿花の生産は消失してしまう。しかしここからもう一度綿生産もあわせて復活させることが上田さんの目下の目標だ。靴下以外のプロダクトも今後の展開としては検討中。綿花の作付面積が広がってきた際には、さまざまなメーカーとのコラボレーションもできればという想いがある。

「ただ、現在の農業のテーマって、“どれだけ時間をかけないか”なんです。つまり、機械化し効率化することが第一のテーマになっている。農業人口の高齢化も進むなかで、人手の確保も難しく、米や麦は機械化が進んでいます。けれども綿花は栽培の特性上、一気に収穫するのが難しいうえに、手作業での収穫が必要。また、採っても軽くてフワフワとしているので1時間やってもビニール袋1袋程度なのです。他の重みのある農作物と比べるとなんとなくメンタル的にもきついのは確かで。なので逆転の発想でいく必要があります。野菜などの収穫と違って重くないので、1〜2時間程度、お年寄りでも、また小さいお子さんがいるお母さんでも保育園に預けている間にできる。そう考えると、雇用の可能性が多様になるのではないかな、と思っていますね」と上田さん。「かこがわコットンプロジェクト」は継続のため、綿花の作付け面積を増やすことを現在の第一の目的とし「かこっとん株式会社」という名前で法人化した。

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