すごいすと取材記

加西市鶉野を平和学習のまちに!
飛行場跡を“戦争遺跡”に再生させた
上谷昭夫さんの“使命”

鶉野平和祈念の碑苑保存会 上谷昭夫 さん(82) 兵庫県加西市

ギャラリーを見る

戦史の調査・研究へ導かれた、元特攻隊員たちとの出会い

 

上谷さんが勤めていた営業所で、元海軍兵士たちの訪問を受けたのは、平成5年の夏のことでした。
「ここに姫路海軍航空隊の飛行場や、戦闘機の組立工場があったんですが、本部庁舎や格納庫がどのあたりにあったかわかりませんか。」

彼らの質問に、戦時中の出来事を全く知らなかった上谷さんは答えることができず、調査することを約束。調べ始めた上谷さんは、この飛行場跡が攻撃機パイロットを養成するための訓練場だったこと、戦闘機の組立工場があったことを知りました。さらに、戦争に関する当時の史料がほとんど残されていないこともわかりました。
その後、加西市が飛行場跡で航空ショーを開催する情報を得た上谷さん。「この飛行場跡でもう一度飛行機が飛ぶなら、戦友たちと再会したいと言っていた彼らが集まる機会になるのでは。」と、営業所を訪ねてきた海軍兵士たちに連絡。平成6年11月の航空ショー当日、市から借り受けたテントを張って彼らを出迎えました。テントの中は、同窓会さながらににぎわい、戦闘機の組立工場で働いていた学徒動員の女性や、航空隊の元兵隊、飛行機の練習生だった人々が集まり、300枚近く用意した資料も瞬く間になくなったといいます。

この日を境に、元海軍兵や戦闘機の製造に携わった人など、当時の様々な関係者が上谷さんを訪れるようになりました。中には、飛行場での訓練の様子や施設の配置図、隊の組織などを何百枚も手書きでまとめたものや、兵舎、戦闘機の写真など、たくさんの貴重な資料を上谷さんに託していった人もありました。
「当時、加西市の市史編さん室に尋ねても、なかなかわからなかったことばかり。史実として後世に残さなくては、鶉野飛行場の歴史が永遠に消えてしまう。」
そう感じた上谷さんは、本格的に史実の掘り起こしを始めました。夜行バスを利用して防衛省へ何度も通い、防衛庁防衛研究所戦史図書館(現・防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室)で調べたり、当時の生存者たちを訪ね歩いては聴き取り調査を重ねていきました。
こうして集めた数々の記録を基にまとめた、鶉野飛行場の史実を雑誌に投稿。この投稿記事が発端となり、上谷さんにさらなる出会いが訪れました。。

 

鶉野飛行場の滑走路にある備蓄倉庫に展示されている局地戦闘機「紫電改」(実物大模型)

鶉野飛行場の滑走路にある備蓄倉庫に展示されている局地戦闘機「紫電改」(実物大模型)

 

姫路海軍航空隊でパイロットを目指していた練習生

姫路海軍航空隊でパイロットを目指していた練習生

 

1 2 3 4 5