すごいすと取材記

加西市鶉野を平和学習のまちに!
飛行場跡を“戦争遺跡”に再生させた
上谷昭夫さんの“使命”

鶉野平和祈念の碑苑保存会 上谷昭夫 さん(82) 兵庫県加西市

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行政を突き動かした、ライフワークとしての平和への想い

 

加西市も、飛行場跡一帯を歴史遺産として保存整備するため、平和学習に活用するためのガイドブックの制作や、防空壕だった施設を活用し、特攻隊員の遺書を映像で紹介する防空壕シアターの開設など、様々な取組を始めました。上谷さんは、そのいずれにおいても、史料や写真の提供はもとより監修や編さんなど、あらゆる協力を行っています。
加西市ふるさと創造部鶉野未来課の担当者は、「歴史遺産の保存と史実を伝え広める活動が、行政と関係団体の連携による取組として注目を浴びています。上谷さんの努力によって道をつけていただき、行政を突き動かしていただきました。」と話します。

上谷さんが「最も感慨深い」と語るのは、鶉野飛行場の滑走路にある備蓄倉庫に展示された戦闘機「紫電改」の実物大模型です。「日本の平和を想い、一致団結した人たちが加西市にいたことを知って欲しい」という上谷さんらの発案を受け、平和学習に役立てようと加西市が製作。令和元年6月より毎月第1・第3日曜日に一般公開され、公開初日には2600人が、その後も毎回約1000人以上が来場。新型コロナウイルス感染拡大予防により、令和2年3月から5月までの公開中止を経て、令和2年6月から再開され、令和2年度も2万人以上が見学に訪れています。

そんな中、上谷さんが「紫電改の製作に取り組んで本当によかった」と話す出会いがありました。
「令和2年11月のことです。94才の元搭乗員で、紫電改の最後のパイロットの方でした。体調がすぐれない中、伊丹市からお越しになり『これが私が乗った飛行機だ』と喜ばれ、いつまでも操縦席から降りようとされませんでした。この鶉野飛行場から特攻隊の少年兵たちが、自分の命と引き換えに戦場へ向かい、『お父さん、お母さん、さようなら』と言って亡くなっていきました。彼らの想いが私を支え、この活動の後押しをしている気がしてなりません。」
静かにたたずむ紫電改を見つめながら、上谷さんはライフワークとしての平和への想いを語り続けました。

 

資料館の展示

資料館の展示

 

紫電改の一般公開にはたくさんの人が訪れる

紫電改の一般公開にはたくさんの人が訪れる

 

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