すごいすと取材記

加西市鶉野を平和学習のまちに!
飛行場跡を“戦争遺跡”に再生させた
上谷昭夫さんの“使命”

鶉野平和祈念の碑苑保存会 上谷昭夫 さん(82) 兵庫県加西市

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平和を学ぶ歴史の教科書があるまちとして、加西市を広めたい

 

約28年間に及ぶ、鶉野飛行場の歴史保存活動を「最後のライフワーク」と呼ぶ上谷さん。終戦当時、国民学校1年生だった自身も空襲を体験。戦争体験を語ることのできる最後の世代だと言います。
「活動を通じて出会った元特攻隊員の方々をはじめ、関係者の多くが鬼籍に入り、戦争体験者が消えていきます。 今残さなくては、史実を語り伝える人がいなくなってしまう。日本の平和を願いながら亡くなっていった多くの若者たちの想いを、後世に残してあげたい。あなたたちの死は無駄ではなかったと知らせてあげたい。多くの人々の犠牲があったことを知らずして、今の日本の平和を語ることはできません。決して忘れてはいけない事実なのだと、飛行場を通じて伝え残したいのです。」

そんな上谷さんの想いは今、加西市の取組につながっています。
「今、加西市で検索すると鶉野が出てくるほど、全国に広がる大きな取組になっています。修学旅行の平和学習に利用する小学校、中学校が多く、令和2年度は近畿地方を中心に40校が鶉野飛行場跡を訪れました。令和3年度も40件を超える問合せが届いているんです。現在は、保存会が運営されている資料館を継承する『鶉野ミュージアム(仮称)』の建設工事が進んでおり、令和4年春の竣工を目指しています。」とふるさと創造部鶉野未来課の担当者。
上谷さんは「一般的な観光地ではなく、平和の大切さを学ぶための生きた歴史の教科書があるまちとして、加西市を知っていただけます。多くの人に戦争のむなしさと、平和の尊さについて考えていただく場所になりました。」と語ります。

命をかけて日本を守ろうとした人たちの命の重みを感じることで、平和の意味を考えて欲しいと話す上谷さん。
「平和とは何か?」
最後に投げかけられた、上谷さんからの問いかけ。特攻隊員たちの記憶を残す鶉野飛行場跡の滑走路に立つ時、その答えに出会えるかもしれません。

 

修学旅行生たちを前に平和の尊さを語る上谷さん

修学旅行生たちを前に平和の尊さを語る上谷さん

 

令和元年6月9日に行われた「紫電改」実物大模型のお披露目で解説する上谷さん

令和元年6月9日に行われた「紫電改」実物大模型のお披露目で解説する上谷さん

 

上谷昭夫さんの座右の銘「史実は小説より奇なり」

上谷昭夫さんの座右の銘

戦争当時の資料がほとんど残されておらず、体験者の記録や証言を裏付けるための史実を、正確に知る困難さに直面しました。作文で史実は作れません。裏付けとなるものが真実であればあるほど、訴えかける力も大きくなります。だからこそ、正しい史実を後世に残すことをモットーに、調査・記録・保存活動に取り組んできました。飛行場の歴史も、元特攻隊員の日誌も、聴き取り調査の裏付けを防衛省の図書館で調べた資料と照らし合わせながら残していったんです。搭乗員の練習に使われた「九七式艦上攻撃機(*)」の当時の写真が一枚だけ残っていたおかげで、機体の大きさや3人が乗る座席、「ヒメ342」と書かれた機体番号が確認できました。裏付けとなる本物の史実を残して初めて、想像で終わることのない戦争遺跡としての平和への訴えが届くのだと思います。本物に勝るものはないのです。

 

*九七式艦上攻撃機:航空母艦(空母)に搭載して運用する旧日本海軍の攻撃機で、後に特攻機に使用された。

 

 

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