その南あわじ市の南端、うず潮で名高い鳴門海峡を中心とした好漁場を有する福良港の沖合では、とらふぐの養殖が盛んに行われている。福良漁業協同組合で組合長を務める前田若男さんは、通常は2年で出荷するとらふぐを、速い潮流の中で3年をかけて養殖。「淡路島3年とらふぐ」と銘打って出荷し、いまや人気の淡路ブランドになっている。
前田さんは福良で4代続く漁師の家に生まれた。小学生の頃から父親の漁船が遊び場だったという。小学校の卒業文集には「おとなになったら漁師になる。いろんな魚をとる」と書いた。
地元の高校に進んだ頃は、卒業したらすぐに漁師の職に就くつもりだった。しかし、長兄がすでに漁師を継いでいたことや、周囲から強く進学を勧められたこともあり、前田さんは大阪の大学に進学して4年間福良を離れた。
しかし、その間も、ふるさと福良の風土と、共に育った仲間たちの中で一生の仕事と暮らしを築きたいという思いは変わらず、幼い頃からの夢を実現するため、卒業と同時に大阪からUターンした。
平成10年頃、それまで高値で取引が行われていた養殖ふぐ市場に、生産過剰や外国産の参入などが原因で価格暴落が起こる。福良の漁業者がこれまで2年で出荷していたものを、魚体が大きくなってさらに高値がつく3年ものに切り替えようと考えたのはそんな時だった。
淡路島はふぐの大消費地である京阪神に近い。また、速い潮流と低い水温のおかげで、天然ものに劣らない身の引き締まったとらふぐを稚魚から育てられるという自然条件も、この挑戦を後押しした。
しかし、養殖の期間を1年延ばすということには、それだけのリスクも伴う。
「3年目に半分が死んでしまった年もあります。あっという間に採算割れです」
ふぐはその一見ユーモラスな風貌とは裏腹に、たいへん神経質な魚だ。激しく変化する速い潮流や水温、また与える餌の量による体調の変化などを細かく観察しながら、過保護なくらいの育て方をする必要があるという。口腐り病などの伝染病、生簀のネットによる尻尾やひれの傷みにも常に気を配らなければならない。
そのため、前田さんら福良のふぐ養殖業者は、わが子を育てるように、毎日きめ細かい観察と厳しい健康管理を行い、3年を迎えずに死んでしまう個体の数を減らす努力を重ねた。あわせて、与える餌の種類を工夫することで、天然ものに勝るとも劣らないレベルまで食味を向上させ、商品価値を一層高めることに成功した。
こうして誕生した3年ものの養殖ふぐは、平成16年から「淡路島3年とらふぐ」という名で出荷され、その品質の良さから、高い評価を得ている。
リスクの大きな最後の1年を乗り越えたとらふぐだけにつけられるこのブランド名は、名付け親である前田さんの自信と意気込みがこめられている。
毎朝7時、前田さんは漁船でとらふぐの養殖現場に向かう。港から10分ほど沖合に出た福良湾の入り口あたりに、生簀が並んでいる。
「ふぐの顔を見に行くんです」
毎日の観察と健康管理を欠かさず、大切に育てあげたとらふぐは、海峡の激しい潮流の中で長く養殖されているため身が引き締まり、天然物と変わらない歯ごたえがある。白子(精巣)も大きく、濃厚な旨みとコクが特徴だ。1.2kg以上に育ったものだけが「淡路島3年とらふぐ」として認められている。
現在、福良湾では前田さんを含めて7人が養殖を手がけ、福良全体で毎年10万匹近くを出荷している。
前田さんは、漁協組合長として、漁業経営の一翼を担う仲買人の存在の大きさを強調する。前田さんと苦楽を共にしてきた大切な地元の仲間だ。
「福良には5人の仲買人がいます。『淡路島3年とらふぐ』のどこにも負けない素晴らしさを認め、決して値崩れさせないと請け合ってくれる、頼りになる仲間です。地元にこういう仲間がいるから我々は生産に没頭できるし、ブランドの品質が維持できるんです」
また、前田さんは、地域おこしの活動にも力を入れている。毎月第4日曜日の午前9時から正午まで、福良漁協の敷地を会場として「福良うずしお朝市」を開催。会場では季節ごとの旬の魚が格安で販売されるほか、地域の野菜、米、木工芸品なども並ぶ。
今では島外にも知られた人気の催しになっており、京阪神からのリピーターも含めて、3千人近い来場者で賑わっている。
「福良漁協、地元の観光協会、商工会、消防団という地域の4団体が一致協力して10年近く続けています。地域の各団体が総出でやってきた、文字どおりの地域おこし活動です」
地域に住む仲間で運営するこの朝市では、手作りのイベントも企画する。
「ちりめんの掴み取りゲームというのを考え出した時、一掴みであればいくらでも取っていいルールだったんですが、あまりにも採算が合わないんで、仲間の提案でぎりぎり拳が通る穴を作りました。そういったことを、わいわいやりながら進めていくのが面白いんです」
みんなで遠慮なく語り合えるのが楽しいし、地域を盛り上げていく強みにもなる。こうして結ばれた仲間同士の絆が、地域振興のエネルギー源となり、ひいては「食の国・淡路」のPRに繋がっていくと前田さんは考えている。
平成25年、日本記念日協会によって11月29日が「いいフグの日」に認定された。この前日の11月28日、前田さんは、地元生まれの漁師仲間とともに、自らも卒業した福良小学校を訪れ「とらふぐを学ぶ教室」を開いた。記念日の新設をきっかけにして、福良の未来を担う地元の子どもたちに、ふるさとの海の豊かさを伝えたいと思い立ったという。
当日は、約50人の6年生を前に、とらふぐの生態や養殖の難しさ、福良の海で育った3年とらふぐの素晴らしさなどを力説した。参加した児童らは目の前でとらふぐの解体を見学し、ニッパーによるふぐの歯切りを体験したあと、てっさやから揚げを当日の給食として堪能した。このとらふぐを学ぶ教室は、今後も毎年「いいフグの日」前後に実施するという。
「淡路には、とらふぐ以外にも、ハモ、サワラ、鯛、しらすなど、素晴らしい海の幸が揃っています。ここで作るしらすのちりめんに、築地市場で日本一の値がつくこともあるんです」
そう語る前田さんの表情には、ふるさと福良の海と人々への愛着があふれている。
そんな前田さんの好きな言葉は「石の上にも3年」。
ことわざのとおり、辛抱と努力で3年をかけて育て上げる「淡路島3年とらふぐ」を、この大好きな福良の海で育てる日々が続いていく。