15歳の時に島を出て那覇市で2年間を過ごした後、大阪の製菓会社に就職。働きながら通信士の勉強を続けていたが、社長から「この世界で頑張れば、洋菓子の本場であるヨーロッパに行かしてやる」と言われ、菓子職人として生きていくことを決意。その後、全国菓子大博覧会で大賞を受賞したことを機に、28歳で「エーデルワイス」を創業した。
尼崎市の立花商店街の外れに開店した7坪の店舗を、一代で全国に80店舗を展開する大企業にまで育て上げると同時に、後に有名パティシエとなる弟子を数多く育成。今では「洋菓子の父」と呼ばれる存在になっている。
また、本業の傍ら、洋菓子のまちとして尼崎の魅力を全国に発信するイベント「Super Sweets in Amagasaki」を自ら発案し、プロデュース。今年で2回目を迎える。
昭和32年、20歳の時に尼崎の製菓会社に転職した比屋根さん。このまちに根を下ろして今年で57年になる。その間、「たくさんの人に幸せを届けたい」と、お菓子を作り続けてきた。
「尼崎の人は、着るものは構わないが、食べるものにはこだわりがあって、洋菓子も良い物から売れていく。エーデルワイスは、美味しいものを知っている尼崎の人たちに支えられてきた」と振り返る。
一度は店を畳むことを決意した比屋根さん。店頭には「お世話になりました」と貼紙を出し、最後に残った材料で作ったお菓子を、無料で近所に配り歩いた。
ところがその翌朝、閉め切った店のシャッターをたたく人たちが現れる。配ったお菓子の一つ一つにつけた手書きの住所を見て、客が次々にやってきたのだった。中には「昨日と同じお菓子を」と買いに来る人たちもいた。
「あの時、シャッターをたたいてくれた近所のクリーニング屋の奥さんの顔は、今でも忘れない」
再び「店を続けよう」という気持ちを取り戻した比屋根さん。次第に地域にその味が知れ渡り、店が息を吹き返した後も、デコレーションが崩れにくい生クリームなどの研究に没頭した。
創業の翌年には念願の渡仏を果たし、パリで基礎から技術を学び直した。その間に得られた人脈やお菓子作りの精神は帰国後の新しい商品開発にも大いに活かされ、たくさんの人々の心をとらえたエーデルワイスは、現在の大企業へと成長を果たした。
エーデルワイスの本部センターは、創業の地である尼崎に置かれている。ここには製造工場に加えて商品の研究・開発や人材育成のための研究所が入っており、事業の拠点として大きな役割を果たしている。
平成21年には、本部センター4階に、長年にわたって収集してきた製菓道具や資料など、5000点のコレクションから選りすぐりの品を展示するエーデルワイスミュージアムを創設した。
「大切に受け継がれてきた道具には、職人たちの魂がこもっている。道具にこめられた思いを、製菓に携わる人たちに伝え、食文化の発展に貢献したい」と話す比屋根さん。毎朝、出社するとこのミュージアムで手を合わせる。
近年、尼崎から近隣のまちへ転出していく若い家族が多い。それを嘆く比屋根さんは、子どもたちに地域の魅力を感じて欲しいという市の取組に全面的に協力している。
平成24年から始まった、「スイーツ授業and給食」もその一環だ。エーデルワイスで働くパティシエを指導する立場にある「グランドシェフ・パティシエ」を市内の小学校に派遣し、特別授業を開いている。
多くの子どもたちにとって、パティシエは憧れの職業だ。素晴らしい技術を持ったパティシエたちがこのまちで仕事をしていることを知ってもらい、彼らと触れ合う機会を通して、尼崎を好きになって欲しいと願う。
「子どもたちの夢を育て、地元の産業を理解してもらうことで、子どもたちの地域への愛着を育てていきたい。これも私の大事な仕事だと思っている」と語る。
大企業の撤退や残忍な事件など、尼崎に暗いニュースが続いた。
そんなまちを「お菓子の力で元気にしたい」と、比屋根さんは、昨年、「Super Sweets 2013 in Amagasaki 」を企画した。
尼崎を「スイーツのまち」として全国にPRし、まちの活性化につなげることを目的に開催されたこのイベントでは、世界のコンテストで受賞歴を持つ有名パティシエたちを尼崎に呼び寄せた。パティシエ エス コヤマの小山進さんは比屋根さんの孫弟子。モンサンクレールの辻口博啓さんは比屋根さんを「おやじ」と慕っている。
昨年11月17日、都ホテル ニューアルカイックで開催されたこのイベントには、約1,200人が来場した。有名パティシエによるトークショーや洋菓子教室などは、いずれも満席となる盛況ぶりだった。
メインイベントの「ウェディングケーキショー」では、尼崎市内の26人の職人が店の垣根を越えて共同制作したケーキに、総合プロデューサーの比屋根さんが生クリームで仕上げを行った。高さ2.2メートルのケーキが完成すると、場内からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。
阪神工業地帯の中心である尼崎は、工業都市として発展してきたまちだ。しかしそれだけでなく、未来を担う子どもや多くの人たちに、洋菓子やパティシエも「尼崎の誇り」であることを知ってもらいたい。尼崎には、こんなおしゃれなところもあるのだという驚きと感動を伝えたい。そんな比屋根さんの思いに、来場した子どもたちの笑顔が応えてくれた。
今年は11月2日に、第2回目となる「Super Sweets 2014 in Amagasaki」が開催される。
今年も再び、全国から有名パティシエたちが駆けつける。このイベントのために作られたスペシャルスイーツも登場する。
第1回で好評だった親子ケーキ教室に加え、今年は大人のケーキ教室も開催。
昨年の参加者たちの口コミも手伝って、「スイーツのまち・尼崎」のイメージは確実に地域に定着しつつある。今年も多くの市民がこのイベントを楽しみにしている。
比屋根さんは、入社式で新入社員たちに「入社した日から自分の子どもである」ことを伝えると共に、「人生無一事」の言葉を贈っている。
「無心の心境になり、何もないところから一日が始まる。今日、うまくいかなくても明日に引きずらない。よいことがあっても、おごらず明日を迎える。一日一日を大切にして精一杯頑張ってほしい」という気持ちがこめられた言葉だ。
「始めたばかりのSuper Sweetsも、継続してはじめて大きな成果が出てくる。少なくとも10年は続けたい。そのために社をあげて取り組んでいく覚悟だ」
洋菓子の魅力を発信することで地域を元気にしたい。比屋根さんはこれからも、一日一日を着実に積み重ねていく。