小野市出身の小林新也さんは、高校卒業後、大阪芸術大学の教授で、家具や生活雑貨、自動車などの世界的なデザイナーである喜多俊之さんの元で学びたいと、同大学のデザイン学科プロダクトデザインコースに進学。在学中から実力を発揮し、その作品は世界から注目を集めた。
卒業の翌年、生まれ育った小野市へ戻った小林さんは、需要の減少と後継者不足があいまって生産量が減少傾向にある小野の伝統産業に新たな息吹を吹き込もうと、2011年、デザインスタジオ「シーラカンス食堂」を立ち上げた。地域が育む伝統技術の魅力を引き出すデザインを提案し、地域の財産を世界に発信している。
デザインを学んでいた大学時代、小林さんは主にインテリア作りに熱中していた。3回生の時、指導教授である喜多俊之さんの推薦を受けて、イタリアで開催される家具の国際見本市「ミラノサローネ」に自身が製作したソファを出品したところ、高い評価を得た。
「世界には自分のデザインしたものの良さを分かってくれる人がいる」
そう実感した小林さん。卒業後の活動拠点として選んだ場所は、そろばんや金物といった伝統工芸品を育んできた生まれ故郷の小野だった。
「地域の産業や文化の価値を、次の担い手である若い世代や子どもたちに伝えたい。そのために地元で仕事をして、生み出したものを世界に送り出して行こう」
2011年3月、表具店を営む実家の蔵を改装して、デザイン会社「シーラカンス食堂」を立ち上げた。
「シーラカンス」とは「中空の骨がいくつも連なった脊柱」という意味から来た言葉だ。「世代を繋ぐ『骨』の一部となる仲間たちが自然に集まる、食堂のような温かみのある場所に」という思いをこめて社名とした。
小野でデザインの仕事を始めた小林さんは、需要の減少や後継者不足に悩む地元の伝統産業に対して強い危機感を持っていた。
一方で、ヨーロッパのデザイナーたちと交流を深めるなかで、デザインの先進地で活動する彼らが日本の伝統美に対して強い関心を抱いていることを感じていた。
「世界が注目しているにもかかわらず、地元の生産者たちがその価値に気付かなければ、次の世代に伝えていくことができない。今、意識を改めなければ、小野のそろばんや播州刃物は、近い将来、間違いなく作り手がいなくなってしまう」
小林さんは、友人の父親であるそろばん製造・販売会社の社長と会い、小野の伝統産業の価値を高めていくために何が欠けているかということを話し合った。
変化せずにここまでやってきたことが、一面では衰退へ導いたのかもしれない。社長の話から自分の「デザイン」が力になることに確信を持った小林さんは、そろばんや播州刃物のデザインを次々に手がけていった。
そうして、文字盤にそろばん珠をあしらった時計「そろクロ」が誕生。他にも、カラフルな珠のそろばんや、玩具など、小林さんの手がけた品々は、いずれも古くからの技術にデザインという新しい風を吹き込んだものだ。
また、伝統の美と洒落たデザインとを融合させた播州刃物は、小林さん自ら東京やパリで地道に販路開拓を行った。その努力が実を結び、近年では国内外の見本市で世界の注目を浴びるようになった。
こうして販路が世界に広がっていく中、刃物づくりの現場には、アメリカとイタリアから後継者として手を挙げる人が現れ、現在、彼らを小野に受け入れるための態勢を整えようと奔走している。
今年、経済産業省が推進する「クールジャパン」のプロデューサーにも選ばれた小林さん。播州刃物を日本独自の文化として海外に発信していくための大きな役割を果たしている。
また、「なくなってしまってはもったいないものを何とかしたい」という思いから、小野だけにとどまらず、西脇市の播州織や島根県浜田市の石州瓦など、各地の地域財産に脚光を当て、その魅力を引き出す活動にも力を注いでいる。
小林さんは、地域を元気にする活動にも取り組んでいる。
これまでデザイナーとしてさまざまな場所を訪れてきた小林さん。かなり過疎化の進んだ地域も目にしてきたが、そのたびに将来の小野を見ているような気持ちになった。
「このまま何もしないでいると、10年もしないうちに小野も空き家だらけのまちになってしまう。しかし、伝統産業が踏ん張っている今ならまだ間に合うはずだ」
小林さんは「観光資源としての地場産業」という視点から、そろばんや播州刃物の製造過程を見学し、製作を体験できるプランを旅行会社に提案した。有馬温泉を訪れた観光客を呼び込んで、子どもや孫のためにオリジナルのそろばんを作ってもらう。観るだけの旅行ではなく、ものづくりの楽しさと手作りの記念品が残る企画が好評を博している。
これまで続けてきたものづくりで観光客を呼び込めるという今まで考えもつかなかった発想を受けて、地場の担い手たちの間では、ものづくりの魅力を積極的に発信しようとするなど、その意識が変わりつつある。
また、学生時代、先輩デザイナーと一緒に、彼の出身地である島根県の古民家に手を加えて年間1万人以上の若者が訪れるカフェをデザインし、作り上げた経験を持つ小林さん。このノウハウを生まれ育った小野でも活かせるのではないかと考えた。
人々が交流できる場の少ない小野に、新しいコミュニティを築くための場を作りたいと、商店街にある複合施設「おの夢館」を、大学の後輩たちに手伝ってもらって改修し、生まれ変わらせたのが「播州カフェ」だ。幅広い世代が集い、カフェとしてだけではなく、そろばん作りのワークショップなどのイベントや交流会の場として、さまざまな人が繋がるきっかけの場になっている。
小野の伝統産業は今後どうあるべきか―その未来像を明確に描いている人が少ないと感じている小林さん。大切にしている言葉は、将来への展望、「ビジョン」だ。
「より良い未来への確かなビジョンを持つことが、地域の財産を残すための解決策」と断言する。
小林さんは昨年から、母校である県立小野高等学校の教壇に立っている。担当する課題研究の授業では、「地域復興」をテーマに生徒たちと対話を重ねる。
「彼らには目的を持って将来進むべき道を決めて欲しい。生きていくことの参考になるような授業をしたい」と、ビジョンを持つことの大切さを地域の若者たちにも力を込めて伝えている。
地域の財産である伝統産業や文化を活かしつつ、その魅力を何倍にも増幅させるデザインの力を信じて、小林さんは確かなビジョンと共に明るい未来への道を歩み続ける。
(公開日:H26.11.25)