大阪府柏原市で生まれ育った山崎清治さんは、姫路工業大学(現兵庫県立大学)の入学を機に姫路市で一人暮らしを始め、子どもたちのキャンプリーダーとしてボランティア活動に明け暮れる。やがて青少年活動や生涯学習の普及を目的としたNPO法人を立ち上げた。
屋根も食料も、ルールまでもなくした生活で、子どもたちの心の成長を見守る無人島自給自足プログラムなどをプロデュース。「結果」が重視されやすい社会で、「過程」の中で成長していく大切さを、子どもから高齢者まで幅広い世代に伝えている。
山崎さんは、大学入学と同時に姫路YMCAでリーダー活動を始める。子どもたちを教え導くのではなく、一緒にチャレンジすることで困難に立ち向かい、やり遂げたときの達成感を味わうことにやりがいを感じていた。活動に熱中するあまり、大学にはほとんど行ってなかった山崎さん。2年間の留年が決まった時、電話で父親に告げると「帰ってくるな」と勘当され、一人、部屋で嗚咽したという。
「勘当されたからこそ、卒業証書を手に入れて親に見せなければいけない」と思った。
仕送りも止められ追い詰められた山崎さんは、卒業生から譲り受けた家財道具を新入生に格安で売る下宿生間の売買を思いつく。売るだけでなく大学内外の情報提供やさまざまな相談にのることで、保護者にも感謝された。無償のボランティア活動だけではなく、収入を得ながらでも「ありがとう」と言ってもらえる仕事があることに気づいた。
大学を卒業後、ボランティア活動をしていたYMCAに就職。ウエルネスセンター所長に就き、仕事に没頭して多忙な毎日を送っていたが、30歳を前に「仕事は楽しいけれど、旅に出て自分の人生をゆっくり考えてみたい」と思うようになっていった。
旅に出るつもりだったが、「人を育てる」ことの楽しさを教えてくれた恩師である勝木洋子さん(現神戸親和女子大学教授)に声をかけられ、県立こどもの館で働き始めた山崎さん。
数カ月後、山崎さんは、大学時代にボランティア活動をともにした榎本英樹さんから「兵庫県リアカー徒歩縦断(チャレンジウォーク)」を一緒にしないかと誘いを受ける。チャレンジウォークは、子どもの生きる力を育むため、子どもたち自身がリアカーを引きながら地図を頼りに進路を考え、瀬戸内海から日本海までを縦断するものだ。
山崎さんは、若者の自尊感情の欠如や社会力不足などの問題は、結果を重視する社会体質が原因のひとつではないかと感じ、「あそび」の力を伝えることが必要だとの思いを持っていた。「あそび」で大切なのは結果ではなく、どんな気持ちや方法で遊んだかという「過程」と捉えたものだ。だからこそ「あそび(体験プログラム)」を通して多くの人と共感することは現代の社会問題の解決につながると考えた山崎さん。
「やるならあそびにとことん価値をつけよう」
学生時代に経験した「両者が喜び合える事業」を持続可能なソーシャルビジネスにつなげたいと、榎本さんとともにNPO法人生涯学習サポート兵庫を立ち上げる。
やがて賛同するメンバーが増え、「無人島一週間自給自足生活挑戦(チャレンジアイランド)」や多彩な講演活動など、活動の幅を広げていく。
平成19年に始まったチャレンジアイランドは、子どもたちが無人島で、携帯電話や時計は持ち込み禁止、米と水以外の食材も現地調達という自給自足生活をするもの。起床・就寝や食事時間などのルールは何もない。グループで話し合いながら魚とりやマキ拾いに悪戦苦闘し、それぞれの役割を考え居場所を見つけだす。
無人島なのは「逃げ場がないから」。自然の中で誰のせいにもできない子どもたちは、自由と過酷の間で「生きること」に向かい合う。
非常食としてニワトリをつれていくが、最後まで生き残っていることが多い。食べるか食べないか、最後は子どもたちが決める。なかなか話が進まないが、そのうちお腹が鳴りはじめる。「お腹がすくという体験。これが大事なんです」と山崎さんは強調する。子どもたちの中から意を決した言葉が出始める。
「持ってきたからには食べる責任がある」
「食べるなら残さず食べないと責任とれない」
それを聞いていた男の子が「残さず食べても責任はとれないと思う。責任をとるということは、食べたぼくたちがこれからも元気に生き続けることだと思う」と言った。一番熱心にニワトリの世話をしていた子だった。その子は食事前に「ありがとう。いただきます」と鶏肉に語りかけていた。
事後に開催する研修で次の目標を聞くと「ごはんを作ってくれるおかあさんにありがとうと言う」「サッカーの練習をがんばる」と言う子どもたち。「生きる力は火をおこしたり魚をとる力ではなく結果に見えないもの」と考える山崎さんは、なにげない日常の目標を口にする姿を見て喜ぶ。「また参加したい」より「今年はバスケの大会で優勝したいから行かない」という言葉が誇らしげに聞こえるという。
6歳と2歳の息子を持つ山崎さん。我が子を無人島に送り込めるかとの問いに「私がいなかったら参加させるけれど。もし一緒にいたら、きっと魚をとってあげて料理してあげて、骨もとって身をほぐしてしまいます」と目尻を下げながら答え、大学時代に勘当を言い渡した父に思いをはせた。
「送り出す保護者もまた、家で待ちながらともに挑戦しているのです」
「あそび」を通して子どもが成長していく姿は講演会でも披露され、大人にも「あそび」の力を伝えている山崎さん。
ある講演会では、無人島でのニワトリ問題を取り上げ「隣の人と話し合ってください」と投げかけた。受講者は「困った」という声をあげながら考え始める。数分後、山崎さんから「ぼくたちが元気に生き続けること」という男の子の言葉を聞いた時には涙ぐむ高齢者もいた。年間講演数は約250本。話術の巧みさはもちろん、手遊びを交えたり、子どもたちに寄り添う体験をもとにした内容が、聴く人の心を動かす。
「あそび」を初体験するとき、おとなはマニュアルにこだわるが子どもは失敗しながら感情を表現し、コミュニケーションを築いていく。ややこしい手遊びに苦労していた受講者は「あそび力(ヂカラ)のある人とは、できるかできないかでなく、できないことを最後まで楽しめる人のこと」という山崎さんの言葉に、笑いながら深くうなずいていた。
生涯学習サポート兵庫では、マスコットキャラクターのかっぱが訪問者を迎える。かっぱの特技は「素敵なイタズラ」。する方もされる方も笑顔になり、時には大切なことに気づかされるイタズラだ。
「無人島生活も徒歩縦断もしなくてもいいことをわざわざやる。これが僕たちの社会へのイタズラです」
各プログラムには毎年新たな試みを加えている。今年のチャレンジアイランドは初めて大人の参加者を募った。多い時で20万枚も配布するチラシは、募集よりも、より広く多くの人への啓発を目的としている。時間をかけて考えた今年のキャッチフレーズは「『あたりまえ』の反対は、なんだろう。」
今後は、さまざまなジャンルの団体や企業と協働できるようネットワークを広げていきたいと意気込む山崎さん。「あそびゴコロ。」を持ちながら、社会にイタズラを投げ続ける。