NPO法人はりま里山研究所

すごいすと
2016/07/25
熊谷哲さん
(65)
兵庫県姫路市
NPO法人はりま里山研究所

かつて我々は、里山と呼ばれる山や森から生活資源の恵みを受けて暮らしていた。しかし現在、少子高齢化などにより保全の担い手が減少。放置林の増加などから、里山の荒廃はますます進んでいる。
今から10年前。姫路市香寺の地で、荒れ果てた里山の再生保全活動に、たった一人で挑み始めた熊谷さん。自宅裏に広がる里山を、私財を投じて購入。書籍での勉強から始め、木を伐採し道を整備。密林と化していた里山を少しずつ、あるべき姿に再生していった。
また、学生や子どもたちに向けた環境学習のフィールドづくりにも積極的に取り組み、平成28年5月には、こうした地域活動への尽力を評価され、兵庫県功労者表彰(地域活動)を受賞している。

NPO法人はりま里山研究所 理事長 熊谷哲さん (兵庫県姫路市)

遊びの中で学びに出会う場所、里山

「定年退職の時に、プロジェクトの完成形をつくりたかったんです」
平成28年3月、兵庫県立大学・環境人間学部教授を定年退職。現在は同大学名誉教授として学生たちの教育・指導に携わる熊谷さん。ちょうど今から10年前、大学で定年退職までの「10年プロジェクト」を企画立案する機会があった。そこで選んだテーマが里山保全活動だった。
「里山は、日本の文化として守るべきだという考えもあります。しかし私は、教育のひとつの形として里山を守り残したい。自然科学に興味関心を持つ子どもを増やしたいんです」
そんな想いの背景には、少年時代の鮮烈な体験があった。

神戸市出身の熊谷さん。里山に暮らした経験はなかったが、2年間だけ山の中の宿舎で生活をしたことがあった。小学3年生の夏休みのことだった。
「当時の私にとってクワガタやカブトムシは、デパートで買う貴重なもの。それが自宅の窓ガラスに向かって、大きなカブトムシが何匹もぶつかって来るんですよ! 衝撃でした」
毎日のように友だちが、昆虫採集に連れて行ってくれた夏休み。楽しいだけではなく、自然の中ならではの、ちょっと怖い経験もした。
「自然の中で遊ぶことに、学びがある」
そんな熊谷さんの信念は、この2年間の自然体験から生まれたのだ。

子どもたちがつないだ、地域連携への道

想いが生まれたきっかけが子ども時代の体験だった一方で、現在の取組みが形づくられるきっかけになったのも、やはり子どもたちだった。こつこつと一人で整備していた里山に、やって来たのは地元の小学生。里山は、彼らの放課後の格好の遊び場になっていった。

「ある時、小学校の授業で『私のお気に入りの場所』というレポート発表があり、子どもたちが里山を取り上げたそうです。するとそこから、担任の先生との交流が生まれ、保護者の方々に理解され、里山が子どもたちの活動場所になっていきました。まず子どもたちが評価してくれ、推進力になってくれたんです。」
現在では森林組合の指導・作業のもと、学校と里山をつなぐ道も整備され、小学生たちの学習の場として利用されている。

学生が環境学習で作成した木の解説札が随所で見られ、里山の隅々まで学習の場となっている。

思いを共有する仲間とともに

こうして熊谷さんが、ひとりで始めた里山保全活動も、少しずつ協力者が増え活動のフィールドも拡大していくことになる。
平成19年、オープンガーデンとして里山を地域に開放し、地元との連携が徐々に深まっていった。平成23年には、大学生たちのフィールドワークとして「ツリーハウス」の設計・施行に着手。そして平成25年、「NPO法人はりま里山研究所」として、市民による里山再生を本格的にスタートさせることになった。

サンサンハウスと名付けられたツリーハウス。看板は、解体された家屋のドアで作られている。

どんぐりのいえ。根元には小学生たちが作った、ログハウスを使用する際のルールが書かれている。

保全活動と同時に「教育の場としての里山」を目指し研究所(ラボ)を開設。専門講師に自然環境を学ぶ「サイエンスカフェ」や子ども向け環境体験学習「キッズ・サイエンス・クラブ」、自然観察会やプレーパーク事業など、子どもも大人も楽しみながら科学を学び、遊ぶ場を提供。2015年の利用者は、のべ1000人近くにものぼった。
そんな多くの利用者を熊谷さんと共に支えているのが、環境学習ボランティアの人たちだ。元小学校校長や科学館館長など、熊谷さんの思いに共感・賛同する専門家たちが講師を引き受け、大学生たちがサポート役に参加する。
しかしその一方で、里山整備のボランティアには、熊谷さんはかなり慎重な姿勢を見せる。

里山で自然を学ぶ子どもたちと熊谷さん

整備とは、あるべき姿に育てること

「整備とは、ただ草を刈り木を切って“きれい”にすることではありません。生態系を考えた環境をつくることなんです」
将来、どんな里山を育てていくのか――。里山を「あるべき姿」にするためには、残す木・切る木の選別など、専門知識に基づいた正しい整備を学ばなければならない。
「例えばモリアオガエルは、水面上に木の枝が覆いかぶさっているところでなければ、産卵の可能性が低いといわれています。そこで里山では池を広げ、その上に伸びる木を切らずに残しました。これも、将来目指す里山のかたちを思い描けていて、生態系の勉強ができていたからこそできたことです」

モリアオガエルの卵。生き物や植物の知識の上で、里山は作られていく。

「里山は、荒れているから整備するのではありません。どう活用するかを考え、そのために整備が必要なんだという背景がなくては」
そんな熊谷さんの里山活用。それは、里山を子どもたちの学びの場とし、次の世代につないでゆくことだ。

里山でフィールドワークを行う大学生たち

そのため、環境学習の企画や実践ができるリーダーの養成だけではなく、地域との関わり、多様なセクターとの連携、事業の継続実施をコーディネートする専門家・指導者を養成する事業「Green Study ひょうご」も進めている。

子ども達に自然体験を通した学びを

小学生に限らず中・高・大学生も、自然体験はいちばん大切だという熊谷さん。
「自然の中ではチャレンジができます。多少の失敗はOKです。かつては、測量ミスでツリーハウスの図面と現場が合わず、組み上げてから木を切ったこともありました。でもそれで現場の難しさを実感できたのです。失敗も学習のひとつです」

「教育とは、何十年も先になって成果が出るもの。今私がやっていることは、何十年もの時間をかけて次につなげてゆく活動です。今の子どもたちが50才、60才になり『昔遊んだ里山は、どうなっているだろう』と思い出した時、もし密林に戻っていたら、彼らが私のように再生活動を始めてくれたらいい」

遊んで、遊んで、遊んだその先に、学びがあると話す熊谷さん。
「里山での遊びを通して、おもしろいことや怖いことを体験して成長し、いつか私のような人間が出てきてくれたらいいですね」

(公開日:H28.7.25)

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