道路沿いに、山の裾野に、ごく日常的な景色として目にする竹林。笹の葉がさやさやと風に揺れ、情緒をかもす日本の原風景。その竹林が、深刻な環境問題となっている地域のひとつが、淡路島だ。平成10年に432ヘクタールだった竹林面積は、平成20年には2,340ヘクタールと5.4倍にまで拡大。淡路県民局の調査によると、さらに平成22年には2,660ヘクタール、島内面積の約4.5%を占めるまでになり、さらなる拡大の一途をたどっている。
「気がつくと、裏山の木が枯れていました。切っても切っても、どんどん竹が増えて山にはびこり、田んぼの中にまで押し寄せている。竹を伐採し、毎年出て来る竹の子を切り、今の花畑にするのに5~6年かかりました。」
猛烈な竹の繁殖力を、西野さんが語ってくれた。
集落の過疎化や高齢化が進む淡路島。間伐などの作業の担い手が減ったことから、維持管理が続かず放置竹林が増加している。
「息子たちは島を出て行って戻らない。手入れをしても、一年放っておけばまた元の竹林に戻る。一人じゃどうしようもないと、みんなあきらめてしまうんです。竹が密集して入っていけない竹林もあるくらいです。」
手入れされないまま放置された竹林は、広葉樹林の生育をはばみ、豊かな森を脅かしながら様々な環境被害を引き起こす。
「竹は背が高いので、周囲の木々に太陽光が当たるのを遮ってしまい、木を枯らしていくんです。しかも一年で15~16メートルも伸びますからね。周囲に竹林が拡大することで、土砂災害の原因にもなります。」
さらに、有害鳥獣の生息場所にもなり農業被害が増えるという。
「野生のイノブタが、どんどん田んぼに入ってくるんです。竹を伐採して見通しがよくなると防げるんですが。」
そんな竹と西野さんが深く関わるようになったのは、定年退職を2年後に控えた11年前のことだった。
「ライフワークを見つけたい」と、定年退職を前に地球温暖化防止活動推進員として活動をスタートさせた西野さん。「うちわやザル、土壁の下地など、昔の良さを見直したらそこに竹があることに気づきました。この地区の放置竹林をなんとかしたいという思いもあって、竹炭づくりを始めるグループに声をかけ、仲間に入れてもらいました。土を練って積んで乾かして、また積んで……を半年以上繰り返し、土窯づくりからスタートしました。」
メンバーの高齢化などにより、5年ほどで活動は一時休眠状態に。しかしその間「淡路竹資源利活用フォーラム」の開催や「あわじ島竹取物語プロジェクト」の始動など、島をあげての放置竹林対策が進む中、淡路地域ビジョン委員会「竹林分科会」および「竹林利活用協議会」の代表に就任。休止していたグループも、新たなメンバーが加わり活動を再開。竹炭をつくり、燃料・堆肥・飼料・日用品としての竹材の利活用の啓発に努める一方、年間20を越えるイベントに参加。竹工作などを通して子どもたちも竹に触れられるよう、活発な活動を行っている。その背景には、これからの環境問題を担う子どもたちへの想いがあった。
地球温暖化防止活動推進員として、地元小学校で環境体験学習を行う講師の顔も持つ西野さん。
「もともと理系人間。おもちゃを分解して構造を調べ、元の形に戻してから遊ぶ子どもでした。最近は理系ばなれが顕著でしょう。電気や機械に興味を持つ子が出て来てくれたらうれしいですね。」
「子どもたちは、言葉で習うより体で体験するのがいちばん」と、再生可能エネルギーを中心とした環境問題につながる体験学習の場を提供し続けている。
「例えば、うちわを使って風力発電機の模型を回したり、手回し発電機を使って、自分たちの手で電気を点けるんです。目がいきいきしていますよ。太陽光エネルギーを利用して調理したり、竹材、廃材を燃料に、竹を飯ごうにしてご飯を炊くこともあります。電気はスイッチを押せば点くものだと子どもたちは思っていますが、身近な物でつくれることを体験するのは大切です。今いろいろなことを教わる中で『そういえば、こんなことをやったな』と、10年先に思い出せればいい。自然の中で経験した感覚を持って大きくなれば『あのときやったからできる!』と思えます。」
子どもたちを通して、西野さんが未来に見据えるもの。それは、エネルギーの自給自足を目指す淡路島の姿だ。
「竹林の繁殖拡大を防ぐため、竹を燃料として使う活動が本格化しています。竹をチップにしてボイラーの燃料にするんです。島内の温浴施設に竹チップ用の大型ボイラーの導入も決まり、始動を待つばかりです。」
竹を資源ととらえ、バイオマスエネルギーとして活用しようというのだ。
こうしたエネルギーの自活を考えた時、西野さんの中で放置竹林対策、再生可能エネルギーの啓発、CO2削減、地球温暖化防止といった活動は、それぞれが「点」としての存在ではなく、すべてがつながっている。「竹はそれらの入口です」と西野さんは話す。
「CO2とか再生可能エネルギーとか、毎日の生活の中で関心が払われにくいことを前面に押し出したのでは、誰もついてきません。竹工作をしたり、竹でご飯を炊いたり、竹林でコンサートを開いたりすることで、皆が集まってくるようになりました。関心を持たれ始めた手ごたえを感じています。」
まずは、竹そのものに興味を持たせることで、放置竹林の現状に意識を向けてもらう。西野さんの狙いが功を奏し、竹の伐採を手伝いたいという人も現れ始めた。
「問合せが来たり、講演に呼ばれるようになりました。でも、個人やグループで取り組むには限界があります。竹をきっかけに、エネルギーや環境への意識変革を起こす機運が、さらに高まればと思っています。」
「竹はやっかいもの」という思いを逆手に取り、今は「竹を楽しもう」という気持ちだと話す西野さん。
「とらえ方や見方を変えれば、発想も変わります。大切なのは遊び心。竹をやっつけようと思い過ぎず、竹を相手に遊んでやるんだという気持ちで取組みたい。」
被害をおよぼす敵とみなすか、自然の中で共にある仲間とみなすか。西野さんは「生かし合い」だと話す。
「人間も自然に生かしてもらっているんです。竹もせっかくそこにあるのだから、生かしてあげるほうがいい。」
竹の子もできるだけ食べる。食べきれなかった竹の子は、畑へ撒いて肥料の減量化に利用する。窯で焼いて竹炭をつくる。チップに加工して燃料にする。竹を地域資源として活用することは、竹の命を生かすこと。人と自然の「協働」だ。
最後に西野さんが話してくれた。
「私のような“アホ”が、一人くらいいないといけません。竹細工をつくることが好きな私のように、自分のしたいことに夢中になる、つまり“アホ”になれば『好き』にとどまらず、いずれ地域貢献へつながってゆくんです。自分の気づかないところで、いつの間にか地域の役に立っていた。それでいいんだと思っています。」
「竹のおっちゃん!」
子どもたちの元気な声に会うために、今日も西野さんは竹を楽しむ。