鹿工房Los Cazadores(ロス・カサドーレス)

すごいすと
2018/01/25
吉原剛史さん
(43)
兵庫県朝来市
鹿工房Los Cazadores(ロス・カサドーレス)

東京都足立区出身。オーストラリアの大学を卒業後、大手金融会社に勤務。16年間のオーストラリア在住を経て世界一周の旅へ。3年半をかけ、オートバイで4大陸のべ65か国を巡った。日本へ帰国後の平成26年4月、朝来市地域おこし協力隊としての活動をスタート。猟師として農作物への被害が著しい「鹿」の狩猟をはじめ、鹿肉処理・販売施設の開設、移住者や起業者のためのシェアハウスの開設準備などの活動に携わった。協力隊の任期を終えた平成29年4月より朝来市竹田地域に定住し、「鹿工房Los Cazadores(ロス・カサドーレス)」の経営や、猟師として有害鳥獣の駆除活動に取り組むなど地域へ貢献。現在の農業・狩猟に加え、宿泊業・観光業・イベント興業など複数の生業を持つことを目標に、移住者の雇用につながる中山間地域ならではの生活モデルの構築を目指している。

人生の転機、“オージースピリッツ”との出会い

職業、猟師。私たちの暮らしに関わる職業としては、ちょっと異彩を放つ「狩猟」という仕事に取り組む吉原剛史さん。東京に生まれ、世界を回り、朝来市という地方に根を下ろすまでのエピソードに彩られた半生は、オーストラリアとの出会いから始まった。
「大学1回生の時、ワーキングホリデーで1年間オーストラリアへ出かけました。オーストラリアって、自分が自分であることを誰も否定しない多様性に満ちた国です。ビーチ、文化、生き方、何でもいいからオーストラリアが好きな人なら、誰でも“オージー”として受け入れてくれる。この国で人生を送りたいと思いました。」
両親を説得し、オーストラリアの大学へ再入学。卒業後、いくつかの仕事を経て大手金融会社へ。永住権も得たオーストラリアでの暮らしは、金融会社を退職するまで16年間続いた。
「当時から、バイクで旅をするのがライフワーク。オーストラリアでは、たくさんの素晴らしい人に出会いましたが、みんな旅で出会った人たちです。世界に心を向けて旅を続けている人たちからの影響もあり、僕も好きなバイクで世界を回ろうと決めました。」
平成22年7月、吉原さんは世界一周の旅へ出発した。

オーストラリアでバイク仲間とツーリングをしていた頃の吉原さん

オーストラリアでバイク仲間とツーリングをしていた頃の吉原さん

世界の友に学んだ、自分らしく生きる道

「旅は出会い。」
吉原さんの言葉通り、世界を回る中で、今の生き方を支えるたくさんの出会いを重ねていった。南米では、ブラジル人ライダーが事故で骨折した吉原さんを自宅へ招き、およそ1カ月近く世話をしてくれた。
「出発の時、彼は『君は僕に礼なんか言う必要はない。世界のどこかで困っている人を見たら、同じようなことをしてくれ。そうやって恩を返していくんだ』と言ったんです。こんな素晴らしい人を友と呼べること、そんな彼が僕を友と呼んでくれることに感謝でした。」
一方、生きる姿勢に感銘を受けた出会いもあった。ある工場の始業前の駐車場。「時間のない人のために工場の近くは空けておこう」と、わざわざ工場から一番遠いスペースに駐車する友人。ノルウェーのフィヨルドを走っていた時には、道路に落ちていた岩を、後続車が危険な目に遭ってはいけないと、来た道を後戻りして拾いに行った友人もいた。
「彼らは何も求めず、ただ自分にできることをやっているだけ。一人一人ができることを持ち寄り、協力し合いながら社会をよくしていこうという考えです。見習いたいと思いました」と、吉原さんは今も感慨深く振り返る。
そんな旅の中で、吉原さんに「地域」への意識が芽生えるきっかけになった出会いが、パラグアイのイグアス移住地であった。

南米でバイクの旅を続けていたころの吉原さん

南米でバイクの旅を続けていたころの吉原さん

日本で「地域」の力になりたい!

「そこは50年以上前、日本人が移住したコミュニティです。日本に育った僕より、日本人らしい地域で日本らしい暮らしを送っていました。まちに入ると『ようこそ』、出る時には『よい旅を』とメッセージが掲げられているんです。それを見た時、涙が出てきて故郷を再認識しました。」
恩を返すという生き方、自分にできることを持ち寄った社会づくり、故郷そして地域への目覚め。吉原さんの中で変化と気づきが、少しずつ生まれていった。
「僕が困っていた時に、本物のやさしさを見せてくれた人たちに恩返しをしたい。本物の日本を見てもらい、おもてなしができる立場になりたいと思い始めました。本物の日本が残っているのは、都市ではなく地方。地方に入って力になりたい、何か役に立ちたいと思うようになっていました。」
そんな時、吉原さんは「地域おこし協力隊」の存在を知る。ここから吉原さんの「地域づくり」への挑戦が始まった。

朝来市地域おこし協力隊「あさこいひと」としての活動報告

朝来市地域おこし協力隊「あさこいひと」としての活動報告

地域に根差した生業で、新たな生活モデルの実現を

平成26年4月、朝来市竹田地区の地域おこし協力隊員になった吉原さん。竹田地域の住民と力を合わせ、地元のあさごはんをふるまう食イベント「あさごはんの会」の開催や、地元住民と移住者たちによるまちづくりグループの立ち上げなど、平成29年3月に任期を終えるまでの3年間、様々な取り組みを行っていった。

「朝来の食」を通して交流を深める目的で行われたイベント「あさごはんの会in竹田」

「朝来の食」を通して交流を深める目的で行われたイベント「あさごはんの会in竹田」

中でも、いちばん最初に取り組んだのは、狩猟免許の取得だった。吉原さんが猟をする対象は主に鹿。崩れた生態系のせいで数が増えすぎた鹿を、獣害対策として狩猟。捕獲した鹿は、鹿肉加工施設「鹿工房Los Cazadores」で解体し、鹿肉の販売も行う。
「地元のフレンチレストランや、ふるさと納税の返礼品としても好評です。自然由来の健康食材として、新しい市場を開拓する可能性は大いにあると思っています」と話す吉原さん。この施設から広がる構想は、中山間地域ならではの「地域型社会」という生活モデルだ。

朝来市のふるさと納税の返礼品として提供されている「鹿工房Los Cazadores」の鹿肉のセット

朝来市のふるさと納税の返礼品として提供されている「鹿工房Los Cazadores」の鹿肉のセット

「猟師だけで食べていくことはできません。複数の生業を持って生計を立てていくことができないかと考えたんです。例えば、労働力が足りない地域の企業と、都会的な働き方から離れてきた移住者がいる。移住者は生業として農業に取り組みながら、収入の柱として企業にも勤める。そんなフレキシブルな働き方を、企業側からも後押しできたら。」
自らも、現在の狩猟・農業・イベントに加え、将来的には観光・宿泊も含めた複数の生業を興し、「地域型社会」のモデルになることを目指している。
「そのためにも、この鹿肉施設で雇用を生み出したい」という目標を掲げる吉原さんが今、力を注いでいること。それは吉原さん自身が「自分に与えられた使命」と言う、山の保全管理だ。

山の保全や獣害に関する講演会、地域課題に取り組むイベントのパネリストとしても活躍

山の保全や獣害に関する講演会、地域課題に取り組むイベントのパネリストとしても活躍

猟師としての使命に生きる

「猟師になろうと思った理由は、山の管理をするため。山に入る仕事をして、山を知らなくちゃいけないと思ったんです。山は自然環境の源だというのが持論です。山を保全することで、河川も近海も生態系も整い、朝来が魅力ある土地であり続ける。そうすると移住者が住みたいと思うようになります。僕自身、朝来に来てから生産者側の視点で世界が見えるようになり、山・自然・水が身近になったことで、これからの社会の在り方を考えられるようになりました。山の仕事に取り組むことで、少しでも世間に恩返しができる気がするんです。」
「だから、もっと山を理解したい」と話す吉原さん。
「鹿や熊の生態や行動を知っておかないと、共存共栄はできません。作物の豊作と凶作のバイオリズムも知らなくちゃいけない。自然に沿った生き方で山を知り、山と『同化』したいんです。狩猟は仕事ですが、命と向き合う以上、どこか後ろめたい感覚はあります。だからこそ残された鹿や僕たちが共存し、ハッピーな環境をつくることが猟師としての僕の使命だと思っています。そこまでいければ、人生に悔いはありません。」

罠づくり、射撃練習など、準備を重ねて迎える狩猟シーズン

罠づくり、射撃練習など、準備を重ねて迎える狩猟シーズン

仕留めてすぐに血抜きした鹿肉を工房で解体

仕留めてすぐに血抜きした鹿肉を工房で解体

旅は旅を楽しむ為に有る

「20歳の時でした。旅の途中で出会った仲間に『何のためにオーストラリアに来たの?』と聞かれ、『自分探しかな』と答えたら『旅は旅を楽しむためにある。それ以外のものを求めちゃ旅に失礼だ』と言われたんです。衝撃でした。」
その後の人格形成に、大きな影響を与えた言葉だったと吉原さんは振り返る。
そんな吉原さんだが、16年間のオーストラリア生活では、どこか燃焼しきれない自分を感じていた。
「自分自身が生まれてきた存在意義を、活かしきれていない気がしていました。自分の人生を考えるだけではなく、日本へ恩返しができないかって……。」
その一つの答えが、地域おこし協力隊として地域に溶け込むことであり、朝来市に定住することだった。
「協力隊員や移住者がやって来ると、『こいつ、どうしようもないから助けようぜ、なんとか支えてやろうぜ』って、おっちゃんたちが盛り上がるんです。僕という存在を通して、地域の中で新しいことが起こり、みんなの潜在能力が発揮されて元気になるんです。僕自身は家を買って、やっと地域の一員になれました」と笑う吉原さん。
「僕にとって、旅は人生でもあります。旅の中でも人生の中でも、何をするにしても『楽しむ』ことが大前提。今この時も、人生も、その先に楽しさがなかったら、やる価値はないというのが僕の選択基準です。『この道だ』と選択したら、後はただ楽しむべき。最大限自分を活かしてやろうと思っています。」

(公開日:H30.01.25)

(公開日:H30.01.25)

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