「木には向きがあります。それを見極めながらノコを入れなくてはいけません。」
木の香りが包む製材所で「木取り」について話す能口さん。その後に続いたのは、ちょっと意外な言葉だった。
「私自身は林業や木材について学んだこともなければ、勤めるまで製材所が何をするところかさえわかっていませんでした。たまたま勤務先が製材所だった……それがスタートです。」
大きな丸太を手際よく製材機にかける姿からは、想像ができない話題から始まった取材。そんな能口さんが、ここまで木に惹かれたのは、なぜ?
「仕事の手順を覚えると、木の良さとはどういうものなのか気になり始めたんです。木の目利きを学び、原木の仕入れを担当するうちに、どうしたら木の価値が一番高くなるのかを考えることが、面白くなっていきました。」
ある時、裏山の木で家を建てる取り組みに参加した能口さん。それが、国内初の「木材コーディネーター」という職業が生まれるきっかけだった。
原木と向き合い製材を行う能口さん
確かにそこに木はあるけれど、それが建築に向いた木なのか? 品質を維持しながら建築物が成り立つ材料にできるのか? 山の木で家を建てることが、どれほど難しい作業かを能口さんは体験した。
<山に入り森林整備や伐採などを行うための作業道づくりを行う能口さんたち>
「山に生えている状態を見ただけで建築用の木材として使えるのか、製材職人としての目利きができなければわかりません。建築の部材がどういう使われ方をするのか、理解できていないと製材も成り立ちません。一枚の建築図面から木を調達するとなると、具体的にどうしていいのかわからないんです。素材としての木の見極めから、伐採、製材、設計、建築、流通まで、一つ一つの間を取り持つ調整役が必要だということに気が付きました。」
そうした流通の調整役として、木材の調達に取り組もうと有限会社ウッズを設立。建築計画に応じた木材の選定から必要量の計算、伐採時期の検討や品質管理、その後の森林計画までトータルに管理する、全国初の「木材コーディネーター」という役割を生み出した。現在は人材育成にも尽力。全国各地に100名を超える木材コーディネーターを輩出している。
「木材は高価なものだと思っている消費者。山はお金にならないと言う森林所有者。両極端な意見があるのは、流通がおかしいということです。自分の山に魅力を感じない山主たちが山離れを起こさないよう、木の価値の活かし方や、価値ある山の作り方を一緒に考えたい。」と能口さんは語る。
<全国各地で木材コーディネーターの養成に力を入れている>
そもそも、なぜ山離れを防ぐ必要があるのだろう?
「森林は地元の資源です。地域資源である地元の木材を活かさずに、枯渇させていることが問題なんです。」
地元の資源を放置して、わざわざ他地域や海外から購入するのではなく、地域材を使って仕事を生み出し、地域の中で経済を回していくことが必要だと言う能口さん。
「業界は今、木の一本一本を売る小規模な仕組みではなく、効率よく生産した安い木材を供給する方向へ流れています。いい木というのは手間をかけて手入れをし、育てたもの。手入れをしていない木と同じ値段で流通してしまうと、次に木を育てる人がいなくなってしまう。量産体制では、山の多様な価値を活かせないんです。」
さらにもうひとつは、防災という視点からの課題。大きく成長した裏の木が住宅に倒れてくる危険性など、森林を保有することへの責任や管理は、これからますます複雑になってくるという。
「どこにどういう木があり、いつ使い、次にどういう木を育てていくのか。木を使った後の森林がどう変わり、何世代後に森林と人との関わりを残したいのか。森林づくりは地域づくりと同じです。山主だけでなく地域全体で取り組むべきことです。地域の全員が生活する場所だと考え、長期的視野を持って計画する必要があります。森林保全と地域づくりは、合わせて取り組むべきものです。」
地域材という森の価値を活かしながら地域をつくる。やはりそこにも欠かせないのが、木材コーディネーターの存在だ。
<地域の皆さんと協働で進める森林整備 (NPO法人丹波グリーンパートナー)>
平成29年度「第13回木の建築大賞」を受賞した、香美町立村岡小学校・村岡幼稚園の木造改築。設計から施工まで、地域材の流通をトータルに調整する木材コーディネーターの役割が評価された一方で、建築という体験を通し、地域が主体となって地域づくりに取り組むモデルケースになった。
<平成29年度「第13回木の建築大賞」を受賞した、香美町立村岡小学校・村岡幼稚園の木造改築>
<平成29年度「第13回木の建築大賞」を受賞した、香美町立村岡小学校・村岡幼稚園の木造改築>
「地域の木を使うことの意味を、皆さんに考えていただくきっかけが作れたと思います。」
能口さんはこうした地域づくりの調整役を各地域で担っている。例えば愛知県の取り組みは、6次化産業として山主たち自らが製品を作って売る仕組みづくり。自分たちの山の木が、どれくらいの価値があるのかを考える「山の棚おろし」と名付けた作業にはじまり、製材から製品化、販売先の開拓、組織づくりが進んでいる。
「ワークショップの中で木の値段や経費を計算すると、周りの人たちの役割や流通の仕組みがわかり、山主にも利益をちゃんと残すべきだという話し合いができるようになるんです。」
山主たちが「やってみよう」と思える心の変化が、もっと波及していけばいいと語る能口さん。
「山の価値がわからないままでは、次の世代に渡しようがありません。地域の山を管理できる仕組みができれば、地域の人が関わっていけます。すると『次にこんなことをしたいね』と前向きな話が出てくるでしょう。木材利用だけじゃなくていいんです。それが、地域を活性化させるきっかけになると思っています。」
その入口として能口さんが取り組むのは、NPO法人丹波グリーンパートナーの「丹波市木の駅プロジェクト」支援。生まれて初めてチェーンソーを手にした人が、木を切って自分の家の燃料を作れるようになっていく。
<NPO法人丹波グリーンパートナーによる薪づくり>
「山を所有していても、実際に山に入ったことのない人が増えています。まずは山を体験できる場を作る必要があると思いました。体験したことで考え方も変わっていきます。森に目を向けて活動する人が増えることが、活性化へのいちばんの近道でしょう。」
そしてもうひとつの目標は、製材を学べる場所をつくることだ。
「町の小さな製材所が、どんどんなくなっているんです。木材の特性や用途を理解した上で、原木を見定めて製品にすることを学ぶところがありません。製材は、木の価値を決める仕事です。『こう使ってほしい』との思いを込めて挽くものです。どうすればその木が一番活かせるか見極め、ノコを入れる場所を決めています。大工がどの部分をどのように使うのかまで、 製材する側が理解して挽くんです。」
そうした職人が少なくなっているというのだ。
<林業従事者とともに製材の大切さを学ぶ勉強会を開催している>
「木材の活かし方がきちんとわかる技術者がいなければ、木の価値が下がってしまいます。これはただ木材を販売するためではなく、ものづくりの上で非常に重要な仕組みです。吟味を重ねて木材を選び、家を建てることは、家づくりを通じて森づくりに参加しているのと同じこと。各地で製材を学ぶ場所ができれば、世代は変わっても、そうした考え方や理念は引き継がれていくはずです。受け継ぐ人は、その価値をわかったうえで次につないでほしい。今は、つながらずにぶちぶちと切れてしまっています。だから私はコーディネーターとして、山の価値をつないでいきたいんです。」
そんな流れを、ゆっくりとした変化の中で作っていければと能口さんは語る。
「スピードが速いと、次に絶対つながりませんから。」
価値ある木材の流通も、先代がつくった地域の資源を育てることも、地域づくりも、急いで動かしてはダメだと言う能口さん。
「どれも一人じゃできないこと、つないでいかなきゃいけないものだと思っています。製材所ひとつとってみても、今まで地域で承継していたものを、役割を担える誰かが関われる時に跡を継ぎ、つないでいくようになるべきでしょう。大切なことは、信念を持って継続すること。時間をかけさえすれば、修正を重ねながら進められます。木の成長もゆっくりですからね。」
曾祖父が植えた木で家具を作ってほしい。山を相続したある家族から、かつて受けた依頼。目には見えない多くの価値も育てる山。能口さんがつなぎ続けていくものは、大きな大きな地域の資産だ。