福丸泰正さん
「関東の人間は良い意味で順応性が高いんで。東京出身なんや言うと驚かれます」
但馬弁を上手に操りながら、元気よく笑う福丸さん。大学を卒業後、京都の伏見稲荷大社に奉職中、ケガを負ったことをきっかけに10年間務めた神職を離れ転職。京都市内の料亭で食材の仕入れを担当した。3年後、料亭で学んだ知識を新たな分野で活かしたいと思っていた時に、道の駅「但馬のまほろば」の社員募集を知った。
「京都では京野菜のPRを通じて、食文化が成長し拡がっていきました。そんな地域活性化に私も携わってみたいと思ったのです。食の神様である稲荷神を祀る伏見稲荷大社への奉職後に縁があったのは、食を提供する料亭と食をPRする道の駅。私の人生のテーマはずっと“食”なんです」
京都では、観光客に喜ばれる仕事の面白さにも触れていた福丸さん。平成21年、但馬にIターン。「但馬は食材の宝庫。天職との出会いだった」という道の駅で働くことになった。
福丸さんが駅長を務める道の駅「但馬のまほろば」
道の駅「但馬のまほろば」は、年間200万人もの来館者が訪れる県内有数の人気駅。約400軒の会員農家と夜久野(やくの)高原にある自社農場から持ち込まれる新鮮な農産物や、但馬地域を中心とした特産品の販売、地元食材を使った料理の提供に加え、大学や研究機関との連携で新しい農産業品を開発するラボ機能、さらに外国人観光客への対応として免税店を設置していることが大きな特徴だ。 「特産品開発や検疫代行といった取り組みが評価され、近畿2府4県に登録された132駅(平成31年3月19日現在)の中で最初に重点『道の駅』に選定されたことが、私たちの駅のステイタスです」と話す。
一方、平成30年には関連事業のひとつとして「グローサラント」と呼ばれる新しい形態の食料品店「三田まほろばブレッツァ」が三田市にオープン。福丸さんはここでも支配人として活躍中だ。
「グローサラントとは、店内の食材を使って調理された料理を、併設されたレストランで楽しむ施設のこと。食べて気に入った食材や調味料を、隣接するショップで買っていただこうという、まだ国内では珍しいスタイルの店舗です。契約農家から納められる野菜やいちご、クラフトビールといった特産品のアピール、FM局との連携によるサテライトスタジオとしての活用を通して、三田市をもっと元気にしたいんです」
柔軟な発想力で、常に新しいことにチャレンジを続ける福丸さん。スタートは、道の駅「但馬のまほろば」で平成22年に始まったグルメフェスタだった。
地元の新鮮な野菜やフルーツ、手作りのパンなどが販売されている
但馬牛など但馬地域を中心とした特産品も販売されている
「グローサラント」と呼ばれる新しい形態の食料品店「三田まほろばブレッツァ」
毎年9月に開催される「ロードサイドステーションフェスタ」は、一日に2万人もの来場者を呼ぶ人気のグルメイベントだ。しかし元々は、安価で販売する野菜や果物に地元の人が集まる周年祭だった。 「それは、私がイメージしていた道の駅ではありませんでした。『来年からは私に仕切らせてくれ』と直談判し、入社2年目から担当になりました」
翌年、地元のグルメブース出店や県内のゆるキャラの招へいなど、但馬地域をアピールするためのイベントに切り替えて成功。近年は県外の有名店がゲストとして出店するなど、ますますにぎわいを見せる中、このイベントの成功が駅の転機になったと福丸さんは振り返る。
「道の駅は地域の観光地をPRする場であって、駅をアピールすることが目的ではない。道の駅ではなく、但馬地域をPRしよう」という福丸さんの想いが、周囲に浸透し始めたのだ。 さらに福丸さんは、ユニークな発想を次々に形にしていった。
毎年9月に開催されるグルメイベント「ロードサイドステーションフェスタ」
「ロードサイドステーションフェスタ」(但馬地域を中心としたグルメブースが並ぶ)
例えば、導入した人工知能ロボットに、市の非常勤職員としての交付式を挙行。「まほろばの企画は、どれも朝来市のアピールにつながるから」と、市長も協力を惜しまなかった。また、特産品開発や「おばんざいバイキング」といった企画では、地元で知らない人はいない老舗料亭や、漁協に通い詰め協力を依頼。お節料理の繁忙期にもかかわらず、口説き落とされた料理長が監修メニューを考案してくれたり、不漁で水揚げの少ない中でも「約束だから」と食材を提供してくれるなど、どんどん周囲を巻き込んでいった。
さらに、生産期間の短さから「幻のねぎ」と呼ばれる朝来市の特産・岩津ねぎ®は、生産組合と何度も交渉を重ね、11月23日から3月21日までを「解禁日」としてPR。JR西日本に交渉し企画列車を走らせるなどの努力の甲斐があり、地域ブランドとしての岩津ねぎ®の認知度は徐々に高まっている。
「地域の方々との交流と繋がりのおかげです。『もう、かなんなあ』と言いながら、皆さん協力してくれます。私がアピールしたいのは道の駅ではありません。レストランを使って地元の店や商品のPRをしたいんです。それらを通して但馬の素晴らしさを伝えることで、まずは但馬に来ていただきたいんです」
そう語る一方で福丸さんは、観光客だけでなく地元に向けても果たすべき役割が、道の駅にはあると言う。
朝来市の冬の特産品、岩津ねぎ®
岩津ねぎ®の「解禁日」にはたくさんの人が列をなす
「自分たちの故郷は優れた食材や特産品、産業の宝庫であること、そんな素晴らしい地域に生まれ育ったということを再認識してもらう場。それが道の駅だと思っています」と福丸さん。 「但馬という地域そのものを、地元の食材を使って地域の皆さんと一緒にPRすることで、自分たちの地域の良さに気付けます。もっと観光客もやって来て地域は活気づき、みんなが幸せになれる。自分たちの地域のすばらしさを、地元の人たち自身が理解し再認識しなくては、活性化はできません。」 さらに、そうした地域の魅力を、自分たちの手と言葉で伝えることが大切だとは言う。
「平成26年に開催されたまちおこし事業『夢但馬2014』でのPR発表会に、秋篠宮皇嗣殿下がお越しになりました。発表後に声をかけてくださり、但馬について色々とお尋ねくださったのです。県外出身の私の話でも但馬に興味を持っていただける。じゃあ地元に生まれ育った人が語れば、もっと届くに違いないと思ったんです。あくまでも外からの目として地域の素晴らしさに気付くヒントを投げかけ、中からの目が育つよう一緒に取り組むことが私の役目なんです」
長い時間をかけながら地域に溶け込み、体験と結果を重ねて来たからこそ果たせる役割として、福丸さんには叶えたい目標がある。
平成26年に開催されたまちおこし事業『夢但馬2014』
お餅まき(道の駅「但馬のまほろば」では様々なイベントが行われている)
ひとつは、外国人観光客の来館者を増やすことだ。「全国におよそ1,500駅ある中で、オリジナリティをどれだけ出せるかが永遠のテーマです。道の駅は車で行く場所だと思われがちですが、外国からの観光客は電車で向かいます。車ではなく電車で行くことができる道の駅を形にしてアピールすることが、今の目標です」
もうひとつは、都市部に出て行った子どもたちが生まれ故郷に帰りたくなる仕掛けを、食を活用して考えること。そのための一歩が小学校での食育にまつわる講演活動だ。 「おいしい食材がたくさんあるところに生まれ育ったことは、ありがたいことなんだと伝え続けることで、自分たちの故郷はいいところだとわかってもらいたい。進学や就職で都会に出ても、いつか戻って地元を盛り上げるのは、あなたたちなんだよと話しています」
但馬のPRができる飲食店を、東京で開きたいという福丸さん。「食材、料理人、交わされる言葉、すべてが但馬! 東京の店で食べた食材を、旬の但馬へ求めに行っていただくための案内ができれば楽しいですね」
子どもたちへの食育活動
但馬の良さを再認識してもらうため講演活動を行う福丸さん
「コロンブスの卵だ」 ある対談の中で、福丸さんが繰り出す工夫と発想をそう称された。
「ほとんどの人は、物事を正面からしか見ません。でも私は、横からも後ろからも見て考えようとします。人とはちょっと違う発想を実行するんです。100のアイデアに挑戦して1つ成功するかどうかですが、とにかく一歩出してみないと新しいものは生まれませんから」
「あったらいいな」「こんなのが欲しいな」という周囲のニーズをつかんで形にすること。それが地域活性化を成功させる最初の一歩だと語る福丸さん。 「PRは柱になるものがない限り、簡単にできることではありません。私の柱は“食”です。食べることは人間の活力につながるすべての基本。お客様のニーズに合った店をつくり、おいしく食べていただくことで、地域のPRと活性化のお役に立ちたいと思っています」
そのためには、まず自分から一歩を踏み出すこと。コロンブスの卵は、福丸さんの手に無数に握られている。
(公開日:R1.05.25)