「お城マニアと呼んでください。」
城郭研究家という紹介を、本岡さんは照れ臭そうに言い換えた。訪れてきた城郭は、兵庫県内だけで1,000カ所以上、全国では3,000カ所にものぼる。
「お城の存在を身近に感じると楽しいですよ。例えば、高速道路のサービスエリアにあるトイレって、入り口を入ってから何度も曲がって個室にたどり着くでしょう? 『枡形(ますがた*)が連続しているな、今お城に来ているんだ!』って想像の世界を楽しめるんです。」と笑う。
「こんなにもお城に惹かれるとは思ってもみませんでした。確かに子どもの頃は、旅行に行けばその場所にある天守閣に上がっていましたし、戦国時代の歴史小説を読んだり、戦国武将をモチーフにしたゲームで遊んではいましたが、取り立ててお城が好きだという意識はありませんでした。」 そんな本岡さんが「お城マニア」になったきっかけは、20年ほど前。ある城郭との出会いにさかのぼる。
*枡形(ますがた):城門近くにある石垣や塀などで囲まれた四角い空間。進路を屈曲させることで城内への侵入を防ぐ城郭防御の拠点。
本岡勇一さん
所用で出かけたある日、国道312号線を車で北へ走行中のことだった。
「山上にお城のようなものが見えたんです。時間もあるしちょっと行ってみようと足を延ばしました。」
山上に着いた瞬間、目に飛び込んできたのは一面に広がる城跡らしき石垣と、眼下の風景を360度見渡せるパノラマの世界。初めて目にする光景だった。
「幻想的な風景に感動しました。ここは何なんだろうって。」
そこは、天空の城として有名になる前の竹田城(朝来市)だった。
「興味がなかったとは言え、それまで知らなかったことに衝撃を受けました。ここにこんな城跡があるということは、他にも人知れず残っている史跡があるんじゃないか。宝探しをするようにお城を巡ってみようと思ったんです。」
まずは、自宅に近い三木城へ。羽柴秀吉が三木合戦で別所長治らを兵糧攻めにした際につくった陣城(じんじろ*)を探すことにした。文献で調べ、週末になると藪をひたすらかき分けながら約40もの陣城を一つずつ巡り続けた。こうして始まった本岡さんの城巡りは、ホームページを立ち上げたことをきっかけに少しずつ広がっていった。
*陣城:攻撃時、都合のいい場所に臨時で築いた城のこと
本岡さんがお城を巡るきっかけとなった天空の城 竹田城
城郭を歩いて集めた情報を基にホームページを更新。その後立ち上げたSNSのコミュニティサイトでは、全国25,000人もの城好きな仲間と繋がった。
「仲間の輪が広がっていくと、もっと盛り上げるためのイベントを開きたくなり、東京お台場の会場でおよそ5年間、半年に1回のペースで『お城トークライブ』を開催しました。」
企画から運営・集客まですべてを手がけ、100人収容する会場が毎回8割以上埋まり続ける盛況ぶり。このイベントで出会った落語家の春風亭昇太師匠とは、「お城探訪をご一緒させていただくなど、今もお付き合いが続いています」という。
そんな本岡さんは、出版社からの依頼で2冊の書籍を出版している。平成30年に上梓した2冊目は「天守に上がるだけでなく、城下町も歩いて楽しんでくださいねっていうメッセージを届けたかった」と話すように、地元の人とのふれあいも数多く紹介されている。
「お城巡りに出かけると『よう来てくれた』と歓迎され、『お殿さんの子孫を呼んできてあげよう』と紹介していただくこともよくあります。幕末から明治維新にかけて城主が医者や教師に転じたというお話など、興味深いものばかりです。お城ってこんなに楽しいよという想いが伝わるのではないかと思っています。」
その他、情報誌への執筆やクイズ番組でのコメント、市民講座での講師など「お城マニア」としての様々な活動が広がっていく中、本職でも新たな取り組みが生まれることになった。
お城EXPO2018にて講演
KBSラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」にレギュラー出演中
本岡さんの著書「ひょうごのお城めぐり」、帯には春風亭昇太師匠のコメントが寄せられている
「城郭CGディレクター」。
本岡さんの名刺に書かれた肩書きのひとつだ。本職は企業向けシステムのソフトウェア開発を行う会社員。
「会社から、新規事業として好きなことをやって来いと言われ、自分の好きな城郭に関わろうと決心しました。」 そこで本岡さんは、城郭にスマホをかざすと建物を復元した3DCG(*)が現れるアプリを開発。自治体向け観光促進ソリューション(*)として、観光振興や文化財のアピールを支援する新規事業をスタートすることになった。
「まず取り組んだのが、奈良県高取町にある高取城。日本三大山城に数えられる城跡ですが、残念ながら知名度がとんでもなく低いんです。当時の姿を復元しようということで、2~3枚残っていた古写真を手掛かりに3DCGで再現しました。」
このアプリを活用したハイキングイベントに、多くの人が集まったことに関心を寄せた観光協会が中心となり、現在は地元のボランティアガイドがタブレットで当時のまちを再現しながら、観光客を山上の城跡まで案内しているという。
「城跡をきっかけに、資源がないと思っていたまちを城下町として捉え直していただくことができました。そのおかげで、まちの観光資源が生まれたんです。」
城郭は観光客を誘致し、地域おこしへ繋がる地域資源だと語る本岡さん。
「城郭とは、単なる文化財ではなく畏敬の念を持って眺める対象であり、地元の誇れる存在であると思うんです。例え城跡であっても目に見える形になることで、地元の方には張り合いになり、外部の人には城郭を見に来るきっかけになります。道路の拡張や宅地造成などで、残念ながらなくなってしまう城跡は少なくありませんが、長い年月を経て残されていることは奇跡だと思うんです。ぜひ大切に守り残していただきたい。」
そのためにまず取り組むべきことは、地元の人しか知らない城山の草を刈り、山上への道を整備することだと話す。
「ふらっと立ち寄れる環境を整えるだけで人が訪れ、外部との交流が生まれます。かつて相生市の山へ上った時、地元の方が伝承話を聞かせてくださいました。落城の際に家臣が逃がしたお姫様がふもとの村に身を潜めて以降、その集落では美人しか生まれないというお話でした。『ただし、わしの嫁はんは違うけどな』と話の落ちまであって……。こうした伝承が現代に繋がる楽しさこそ、城郭のオンリーワンの特徴として観光資源となり、地域おこしに繋がるんです。」
そして現在、本岡さんは平成31年3月から令和元年11月末まで続く明石城築城400周年記念事業に携わっている。
ソリューション(*)企業が抱える課題を解決するための情報システムやサービス
3DCG(*)縦・横・奥行きが存在する3次元空間でアニメーションを使って物体を動かすコンピュータグラフィックス
高取城の3DCG
「宍粟市のセミナーで登壇された本岡さん
「記念事業のプレイベントとして開催された駅前市民講座で、築城の歩みや明石のまちづくりについて話をして欲しいと、声をかけていただいたのがきっかけでした。」
その後、築城400周年を機に兵庫県が発注した明石城の3DCG「明石城再現・城巡りアプリ(明石城巡り)」を開発。1644年に描かれた『正保城絵図(しょうほうしろえず*)』を基に、城内の暮らしぶりを具体的にイメージしながら甦らせた。
「CGの制作には苦労しましたが、明石城を全国の人に知ってもらいたい、多くの人に何度も訪れてもらいたいと思いを込めました。」
当時の姿を再現した明石城全体の3DCGは、全国どこにいても閲覧が可能。実際に足を運べば謎解きゲームを楽しめるうえ、城内各所に設定されたCGスポットでスマホをかざすと現れるかつての建物を存分に堪能できる。
「県内のお城といえば姫路城が挙げられがちですが、まっすぐに伸びる全長380メートルもの石垣や、その表面に施された刻印と呼ばれる模様など、『お城は姫路城だけじゃない』とアピールできるポイントを挙げられるのが明石城の魅力です。」と言う本岡さん。しかし本当の素晴らしさは、観光資源だけではないと語る。
*正保城絵図:正保元年(1644年)に幕府が諸藩に命じて作成させた城下町の地図。城郭内の建造物、石垣の高さ、堀の幅や水深などの軍事情報や、城下の町割・山川の位置・形が詳細に記載されている。
明石城築城400周年記念事業の開会式典の様子
本岡さんがプログラム開発した明石城再現・城巡りアプリ(明石城巡り)
「昔の姿がそのまま史跡として残っている上、球場や公園で日常の時間を過ごせる場所として、城郭そのものが地元で愛される施設になっていること。それが、私が思う明石城の素晴らしさです。さらに自然とのバランスも上手にとりながら活かされている現在の明石城は、本当に素晴らしいと思うんです。『三重櫓(やぐら)が二基残っているだけだ』と言われることもありますが、城郭は、ただ昔の形を追い求めるだけではなく、現在の有り様としてどう活用されているかが重要です。新たな令和の時代になっても、多くの人が今もお城に集まり、県内でも有数の活気にあふれた場所になっています。明石城のように、お城が地域活性化のきっかけになることを、もっとみんなに知ってもらい、活用してほしいんです。」
城郭を地域に根差した役立つ資源として活かし、次の世代に繋いでいくために、もっと広く深く関わりたいと話す本岡さん。例えば8月には、地元の電鉄会社が主催する夏休み親子サマースクールで、城巡りアプリを使った明石城の散策イベントを担当。
「小学生がアプリを使う姿を目にするのは初めてなので、どんな反応を見せてくれるのか今から楽しみです。」と話す。
「お城マニアとして楽しむだけではなく、事業として関わらせていただくことで、地元の方と一緒に城郭を保存し盛り上げるためにはどんな協力ができるのか、まるで自分のお城のように深く意識するようになり自然と行動しています。」
そんな本岡さんの地域貢献への想いを支えているのは、どんなことでもワクワクしながら楽しむ気持ちだと言う。
春の明石城(池の水面には桜と2つの櫓が写る)
巽(たつみ)櫓と石垣(明石城築城 400 周年に先立ち行われた景観整備により、繁茂していた樹木が除伐・剪定され、巽櫓・石垣が美しく見えるように)
「お城巡りのスタートは、ワクワクする冒険心です。あとは自分たちの想像力で好きなように楽しめばいい。昔の景色を想像してもいいし、歴史上の人物はどんな戦い方をしていたんだろうと思い巡らせたっていい。冒険心とは楽しむ気持ち、楽しむもとは創造力です。」
本岡さんが「城跡にこそ見どころが多い」と語る理由は、そこにある。
「想像や妄想が自由にできる場所だからです。パンフレットを見ながら天守閣に上り、景色を眺めてきれいだねって言うのもいいんですが、自分たちで見つけてこそ楽しめると思うんです。ただの平地でも、ちょっとした凸凹に堀や土塁をつくった痕跡が残っていたりします。あの武将がここにいたんじゃないか、砲台はどっちの敵に向けられていたんだろう、このお城はどうやって落とされたのかなど、空想を巡らせ創造力を働かせるのはすごく楽しいこと。建物がないからこそ身近に感じられ、訪れた人それぞれが自分ならではの楽しみを見つけることができます。それがオンリーワンの魅力です。」
城郭を歴史遺産のまま地域に埋もれさせるのではなく、地元の誰もが誇りを持てる観光資源にするために。 ありったけの想像力を携えて、本岡さんは今日も冒険に出かけていく。
(公開日:R1.06.25)