浅葉めぐみさん
「余った食べ物を預かって、必要としている人に配るんだ。手伝ってくれないか?」
ある日、浅葉さんは犬の散歩で毎朝出会うアメリカ出身の友人に、声をかけられた。当時、関西にはフードバンクの活動団体が存在していなかったため、自らの手で活動を始めようとしていたのだ。
「当時は、それがフードバンクというボランティア活動だということも知りませんでした。でも、日本で食べ物がたくさん捨てられていることは知っていたので、役に立ちたいと思い手伝うことにしたんです。」
ちょうど同じ頃、尼崎市に外資系の大手スーパーがオープン。連携するフードバンクを探していたスーパーは、浅葉さんたちの支援要請を二つ返事で受け入れ、その翌日から大量のパンと野菜、果物を毎日提供してくれるようになった。
「提供された食品を使ってくれる阪神間の福祉施設を見つけよう。」
そう思った浅葉さんたちは、知人を頼りに尼崎市の社会福祉協議会へ相談。そこで紹介された障害者の通所作業所や児童養護施設などを訪問しては食品の分配先を増やし、フードバンク関西の活動が少しずつ動き出した。
企業や個人からフードバンク関西に提供された食品。
提供された、たくさんのカボチャ。野菜やお米、加工食品など様々な食品の提供を受ける。
平成30年度、フードバンク関西が食品の提供を受けた企業・法人は84社にのぼる。そこから提供された201.5トンの食品の管理・分配を行っているのは、20代から70代のおよそ80人のボランティアメンバーだ。今でこそ、多くの提供企業を抱え、大量の食品を扱うフードバンク関西だが、立ち上げた当初は食品の提供を求めて企業へ交渉に出かけても、「寄付をすると、転売するんじゃないのか」と疑われ、門前払いも珍しくなかったという。
提供企業を増やすため、京阪神地区にあるおよそ200社の食品関連企業に、活動趣旨を説明する手づくりのパンフレットを郵送した。しかし、待てど暮らせど一社も振り向いてはくれない。やはりだめなのかと思い始めた半年後、海外から輸入した冷凍の鶏肉加工品を扱う企業から連絡が届いた。港での検疫のため開封され、商品価値のなくなった大量の鶏肉加工品を廃棄しているという。
「食品を捨てなくてはいけないことに、ずっと胸を痛めてきた。こんな活動があるのなら喜んで提供したい」と、連絡をくれたのだ。17年間の活動の中で、最も印象深い出来事だったと浅葉さんは振り返る。
その後、平成19年にフードバンク関西が認定NPO法人(*)として認定を受けたことで信用が高まり、企業側から提供を申し出るケースが増えていった。
「誰も食べ物を捨てたいわけではないんです。企業が果たすべき社会的責任や社会貢献としても、活かせる場があるのなら喜んで活動に参加したいという企業はたくさんあります。」
提供企業の増加に伴い取り扱う食品量も増え、分配先も少しずつ拡がりをみせていった。
*認定NPO法人:NPO法人のうち、活動・組織運営の適正さや公開されている情報の多さなど、公益性において一定の基準を満たしていると所轄庁が認めた法人のこと。
届いた食品の管理・分配を行うボランティアメンバー。
「子ども元気ネットワーク」の支援として、送る食糧の箱詰め作業。
フードバンク関西が回収する食品は、124の福祉団体の他、支援を必要とする人たちへ様々なプロジェクトを通じて無償分配されている。
「食のセーフティネット」は、行政および社会福祉協議会との連携により、一時的に生活に困窮した一般市民へ食糧支援を行うプロジェクト。スタートのきっかけは、平成22年頃、大阪市内で相次いで起こった餓死事件だった。
「この食べ物を届けられていたら、亡くなることはなかったかもしれないと、とても残念な思いをしたんです。」
そこで自分たちの活動で何か役に立てないかと、尼崎市や芦屋市に相談に出かけた浅葉さん。提案に賛同してくれた行政の協力のもと、緊急支援が必要な市民に食料を届け始め、現在は14の行政や社会福祉協議会と事業協定を結び、活動を続けている。
また、平成27年から取り組んでいるのが、シングルマザーたちへの多面的支援を行うプロジェクト「子ども元気ネットワーク」だ。4つのNPO法人が連携し、女性と子どもに関する相談事業や学習支援、衣料品支援、宅配による食糧支援といったサポートを60世帯に提供している。
食糧支援を受けた方からのメッセージを集めた子ども元気通信。
そしてもう一つの事業が、こども食堂52団体が情報を共有する「兵庫こども食堂ネットワーク」。平成29年から取り組んでいるプロジェクトで、こども食堂の運営者たちが、様々な相談やアドバイスをやり取りできる交流の場だ。
「『トラブルが起こった時の対処法は?』『子どもがゲームを持ってきたらどう対応しよう?』など、様々な疑問や悩みに先輩たちが答えてくれるので喜ばれています。」
こうして活動が拡がっていったのは、「理解し合える人たちと繋がったから」と言う浅葉さん。
「食のセーフティネットでは、私たちの想いに理解を示してくれる行政や社協の担当者に出会えました。他にも、迅速に対応してくれる企業に出会えたり、運搬してくれる人手が足りなくて困っていたら運送会社の社長がボランティアを申し出てくれたり、ラッキーなことが次々に重なりました。人との出会いが繋がったおかげで、ここまで来ることができたのだと思います。ご縁って不思議ですね。」
しかしフードバンクが食を通じて繋いでいるものは、人だけではない。
2019年2月に行われた兵庫こども食堂ネットワークの「こども食堂シンポジウム」。
第1部では、こども食堂版0(ゼロ)円キッチンが行われた。
「こども食堂シンポジウム」第2部では、事例発表やパネルディスカッションが行われ、たくさんの人が訪れた。
「食品の運搬を手伝ってくれたり、余剰商品ではなく正規に販売する商品を提供してくれる企業が現れ始めたことがうれしい。」と声を弾ませる浅葉さん。また月に一回、こども食堂に自社の栄養士や調理師を派遣し、献立の考案から食材の調達、調理までを手伝ったり、アドバイスをくれる企業もあるという。
「自分たちが考えたメニューを、子どもたちがどんな顔をして食べるのか楽しみにしている社員さんたちもいます。地域が元気になることが、自社の元気にも繋がると考えている企業が多いんです。フードバンクの活動に参加する人や企業が増えれば、みんなで地域をつくることにも繋がります。」
さらに周囲では、様々な変化が見え始めているという。
「自分たちが自立できた後は、他の人をサポートしたいというシングルマザーや、『大きくなったらお返しができる人になろうね』と子どもたちに伝えるお母さんもいます。食の支援を通して、いい連鎖が生まれていると感じます。人間はみんな、誰かの役に立ちたい気持ちを持っています。自分が協力した結果が目に見え、喜びを感じられるフードバンクは、そんな気持ちを形にできる活動です。世の中に果たしている役割は大きいと思っています。」
誰かを想う気持ちも、喜びも、感謝の想いも、一瞬で繋ぎ合わせる力を秘めた「食」。中でも、最も大きな役割は「命を繋ぐこと」と浅葉さんは語る。
「KOBE ストップ the 食品ロス」では、フードバンク関西が取り扱っている食材で作った料理を振る舞う「0円キッチン」などが行われた。
「0円キッチン」の準備風景。0円キッチンで振る舞った料理は、まだ食べられるのに使われなくなった食品を一工夫して作られた。
2019年10月に神戸市東灘区の岡本商店街で開催された、食品ロス削減イベント「KOBE ストップ the 食品ロス」スタッフ集合写真。
「食べ物は命の糧です。果物もお米も肉も魚も、みんな命です。私たちは何かの命を食べて、自分たちの命を繋いでいます。食べ物を粗末にすることは命を粗末にすることであり、自分を粗末にすることでもあります。『いただきます』と、すべての命に感謝していただくものが食べ物です。捨ててはいけないものなのです。」
この想いが、多くの人をボランティア活動に向かわせる、フードバンク活動の根源だと浅葉さんは言う。
「食べ物って生きていくうえで絶対に必要なものなので、大切にしなくてはいけないと本能的に誰もが思っています。だから食べ物を受け取ると、理屈抜きにうれしいと感じます。企業で働いている人たちも、技術を磨き工夫をこらして一生懸命つくった自慢の食品を、自分の手で捨てたくありません。喜んで食べてくれる人の存在が、皆さんの喜びです。食べ物を受け取る人たちもうれしいし、差し上げる人たちもうれしい。双方が心から言ってくださる『ありがとう』は、ボランティアにとって大変大きな励みです。働きがいを感じるボランティア活動だと思っています。」
これからは、個人支援をますます充実させたいと語る浅葉さん。
「食のセーフティネット事業での支援者数が、平成30年度はおよそ1,180人になりました。母子家庭支援の需要もますます増えていくでしょう。こうした福祉的な意義を持つ活動にこそ、フードバンクの活躍の場があります。私たちが食品の受け入れ量をどれだけ増やし、しっかりとサポートできるかにかかっていると思っています。」
みんなの「ありがとう」を運びながら、フードバンク関西は、ますますたくさんの人も地域も、命も繋ぎ続けていく。
(公開日:R1.11.25)