目次
『ぐるっと生瀬』で
生瀬をぐるっと!
西宮市の北東部に位置する生瀬地域。豊かな自然が広がる街である。JR生瀬駅と武田尾駅間には、かつての路線を整備したハイキングコースがある。秋には紅葉が綺麗で、季節を味わいながら廃路線の上を歩いていると、ときどきトンネルが現れる。トンネル内部は昼間でも真っ暗で神秘的であり、子供から大人まで人気を博している。
西宮市の中心部にはやや遠いものの、宝塚駅には、約1.5㎞と近く、便利である。古くからの歴史を誇る生瀬地区に加え、昭和50年代頃から、ニュータウン開発により山が切り開かれ、花の峯や青葉台などの地区が誕生するなど発展してきた。現在、地域内には9つの自治会が存在する。
エリアは広がったが、生瀬は今もひとつにまとまっている。「小学校はひとつのみ。子供がみんなそこに通っている」「一大イベントである小学校の盆踊りを通じて交流を深めている」といったことが、その鍵となっているようだ。
さて、こんな生瀬で、大きな課題となっているのが、坂の急勾配による問題だ。全体として坂道が多く、それも急勾配の箇所が少なくない。住宅地の中には平地よりも150mほど高いところもある。高齢化率が50%を超える地区も存在しており、ご年配の方にとって急坂の上り下りは非常に困難で、気軽に外出できないという状況が生じている。
ぐるっと生瀬とは
こんな状況を解決するために走り出したのが、コミュニティ交通『ぐるっと生瀬』だ。近年、地域住民の移動手段確保のため、コミュニティ交通を走らせる地域が増えつつあるが、多くは自治体が主導している。これに比べ、『ぐるっと生瀬』は、地域住民組織である、『ぐるっと生瀬運行協議会』を中心に、運行事業者(阪急タクシー)と行政(西宮市)とが三位一体となって運行が行われている、という点が大きな特徴である。
運行は平日のみで、1台のバスが約1時間30分かけて、宝塚駅発着の5ルートで生瀬をくまなく走破する。これを1日6回転(1部ルートを除く)。まさに、名のとおり生瀬をぐるぐると走り回るのが、『ぐるっと生瀬』である。 運賃は300円。一度の支払いで最大2ルートまで乗車可能。生活の足として利用することはもちろん、少し早く乗車して、他地区を巡ってみる方もいる。利用者によって用途は様々なようだ。
運行はこうして始まった 〜地域住民の大きな力〜
『ぐるっと生瀬』が現在の形となるまでには、様々な試行錯誤があった。その原点ともいえる取り組みは、青葉台自治会の有志が立ち上がったことにより、平成21年1月から始まった。
マイカーでの運行、ボランティアによる運転、さらに運賃は無料という枠組みであったが、関係者にとっては大きな負担となった。そのため4ヵ月で継続を断念せざるを得なかった。
その後、地域公共交通アドバイザー(※)による指導及び西宮市の支援の下、コミュニティ交通についての勉強会や先進事例視察等を行い、徐々に見識と仲間を広げ、平成24年10月に、9自治会のうち、5自治会が協力し、2回目となる5日間の無料試験運転を行った。
その際にはアンケートを行い、住民から「有償でも利用したい」「(若者にとっても)荷物が多いときなどにはありがたい」などの声があがり、その後の運行に向けて大きく前進した。他方で、「乗り切れない人が発生したことがある」、「未参加の自治会があり、生瀬地区全体の取り組みとして共通理解・合意形成ができるのか」などといった問題も浮き彫りとなった。
そこで、まずは生瀬全体としてのまとまりを求め、目指す目標を、「坂の多い生瀬地域が、将来にわたって元気な地域であり続けること」とし、それを実現するための「ツールのひとつとして『ぐるっと生瀬』を運行する」という組み立てとした。コンセプトを進化させた結果として、9自治会すべての参加を得ることができた。
そして遂に…
平成25年4月に運行協議会準備会が発足し、新たに阪急タクシーをメンバーに加え、同年度及び平成26年度に有料での試験運転を経て、更なる改善を行った。そして、平成27年5月に運行の中心となる、『ぐるっと生瀬運行協議会』を設立。同年10月2日、ついに本格運行が始まった。ここに至るまでの苦労が報われ、出だしから好調。現在も増便が行われるなど運行は日々前進している。
単なる‘足’ではない〜3つの『繋ぐ』〜
①住民と安心を『繋ぐ』「もう坂道で転ばない!」
急な坂道でも、バスに乗れば安全。誰かの助けが必要だった住民も、自分1人で出かけられるようになった。
また、住民の乗ったバスが地域を周回することは、子供たちの見守り隊としての機能が期待できる。人の目がある、ということが犯罪予防にも繋がっている。
『ぐるっと生瀬』は住民により多くの安心を与えている。
②住民と生きがいを『繋ぐ』
「明日はバスでショッピング!」
『ぐるっと生瀬』の拠点は阪急宝塚駅。自宅近くのバス停で楽々乗車。駅に向かえば、たくさんの店、たくさんの商品があり、ショッピングを楽しむことができる。また、バス内では、新規店舗やセールなどの会話が弾む。「その情報を生かして、珍しい店やお気に入りのお店を発見したり、新商品を見つけたりするのがとっても楽しい」との声がある。
「バスの時間に合わせて、早起きしている。規則正しい生活リズムに繋がった」、「生活に張りが出た」などの声もある。
『ぐるっと生瀬』は、住民の生きがい発見に貢献している。
③住民と住民を『繋ぐ』
「バスに乗ったら新しい友達ができた!」
バスの利用者同士で、ランチやショッピングを楽しむ『バス友』という関係も生まれている。
というのも『ぐるっと生瀬』には、バス利用者同士の交流が生まれやすいヒミツがあるのだ。それは、最大乗車人数が13人(運転手を除く)という絶妙な車内空間だ。市バスのように広すぎては交流は生まれない。乗用車のように狭すぎても交流は生まれない。つかず離れずの絶妙な距離感が、『バス友』を生み出した。『ぐるっと生瀬』の『バス友』、名付けて『ぐる友』!(笑)
他にも、「頻繁に外出をするようになった」「外出範囲が広がった」「他地区へ初めて足を踏み入れた」「数年ぶりに友人と再会した」などという声がある。
人と交流をすることにより、世界が広がり生活が楽しくなる。近くに住んでいても、場がなければ交流は生まれにくい。いつの時代にも人との出会いは大切である。
『ぐるっと生瀬』は、交流が生まれる場を提供しているのである。
『ぐるっと生瀬』は「住民と安心」、「住民と生きがい」、「住民と住民」を『繋ぐ』を実現させている。
(取材日平成30年11月7日・平成30年11月19日)