「地域の元気は、私たちがつくる!」
高校生たちの挑戦を市民がサポート。
まちも子どもも、未来の希望に育みたい!
「地域の元気は、私たちがつくる!」
高校生たちの挑戦を市民がサポート。
まちも子どもも、未来の希望に育みたい!
兵庫県加西市の中部に位置する北条町で現在、食と農を活かした取組を通じ若者が活躍できる場の提供や、かつての活気を取り戻すべく北条旧市街地の賑わいづくりが進んでいる。
県下で唯一、文部科学省により農業経営者育成高等学校に指定されている兵庫県立播磨農業高等学校(以下、播磨農高)。「播農(ばんのう)」の愛称で市民に親しまれ、地域貢献活動にも力を入れている。
そんな播農生たちが自分たちの手で加西市の課題を解決しようと、地域活性化の拠点となるレストランのオープンを目指すプロジェクトが、平成28年にスタートした。
「はりまのちっちゃな台所サポート委員会(以下、委員会)」は、そんな高校生たちの想いを形にしようと集まった有志たちの市民団体。3年間の支援期間を経て、令和元年6月レストランがオープン。4年目を迎えた委員会のサポート活動は、第二章へと向かっている。
【はりまのちっちゃな台所サポート委員会】:播磨農高の生徒たちが、加西市でレストラン「はりまのちっちゃな台所」のオープンを目指す企画を実現させるため、平成28年4月1日に結成。
高校生たちの教育と、空き家・空き店舗が目立ち始めた北条旧市街地の地域課題解決を目指すプロジェクトとしてスタート。地方創生推進交付金(*)などを活用し、高校・地域住民・加西市が一体となって取組を続けた結果、令和元年6月27日、北条旧市街地にあった空き店舗のリノベーションによりオープンを果たした。
開業後の現在も、高校生たちに新たなチャレンジの場を提供している。
*各地域において、雇用創出や移住・定住促進、地域資源活用など、まちの活性化を実現するため の地方創生事業を支援する国からの交付金
夢物語!? 高校生がレストランをつくる!
商店や町家が並ぶ静かな路地の一角。
木のオブジェに迎えられる店内は、ふんだんに使われた木のぬくもりが心地良く、子育て中のママや家族連れなど、年配者から赤ちゃんまで、様々な人がおいしい料理とくつろぎを求めて訪れている。
「高校生がレストランの開業をプロデュースする!?」
委員会の委員長を務める高橋幸生さんは、当初戸惑いを隠せなかった。
「市役所の当時の担当者から話を聞いたときは、夢物語のようでした。店舗のコンセプトやレイアウトの考案から、メニュー開発、経営者の選考まで、高校生が中心になって行うなんて『そんなん無理やろ』と思ったんです。」
しかし同時に、高校生たちの挑戦を応援する市民団体は素敵だと感じた高橋さん。
生徒たちの役に立ちたいという想いから、頼まれるまま委員長を引き受けた。
「取組の内容をSNSに投稿すると、いろいろな人が『応援するよ』と拡散してくれたり、口コミで拡げてくれました。最終的には市内をはじめ県外まで、委員会メンバーの数が20人に達しました。」
こうして、市民団体「はりまのちっちゃな台所サポート委員会」が動き出した。
私たちのまちを、私たちで元気にしたい!
「きっかけは、自分たちの地域を元気にしたいという生徒たちの想いでした。」
と語るのは、プロジェクトの指導に携わる播磨農高・瀨村達朗(せむらたつろう)先生だ。
「まちの中心である北条地区の旧市街地が、空き店舗の増加により活気を失っていること。子育て世代の女性がゆっくり集まる場がないこと。2つの課題に取り組もうということになりました。そのために旧市街地の空き店舗を活用して、地域活性化の拠点となる飲食店のオープンを目指すことにしたのです。飲食店であれば、本校の強みである農業を活かすことができますから。」
その頃、播磨農高では神戸大学大学院食資源教育研究センターが開発した新品種のジャガイモ「はりまる」を使い、市内のレストランと共にメニュー開発に取り組んでいた。そのノウハウを活かしたレストランの開業プロデュースという事業計画を、立ち上げることになったのだ。
そっと差し伸べ続けたサポートの手
委員会のサポートは、高校生たちを「リノベーション」「メニュー開発」「コンセプトづくり」の3グループに分け、それぞれのワークショップを開くことから始まった。
リノベーショングループでは、加西市出身の一級建築士による講義や、有限会社小田製材所の協力による店舗レイアウトを考えるワークショップをはじめ、旧市街地で行われていた空き店舗のリノベーション現場の見学等に取り組んだ。
メニュー開発グループは、「自分たちで育てている野菜を使いたい」との想いのもと、飲食店オーナーと一緒に試作や試食を繰り返し、イベントや学校祭で販売しながら手応えをつかんでいった。
またコンセプトづくりのグループは、「人心地(ひとごこち)〜人:地域(加西市)との共生、心:女性や若者との共感、地:地域(播磨)の食材を活かした共創〜」というコンセプトを考えた。
「すべてを決めるのは生徒たちという基本姿勢で、その都度、必要な支援として、メンバーそれぞれが自分の専門分野に関するサポートを行っていきました。生徒たちや、先生方、市の担当者、そして委員会のメンバー同士が、意思疎通を丁寧に図りながら取り組めたので良かったと思います。」と委員長の高橋さんは振り返る。
新聞や市の広報、口コミなどを利用して募った店舗オーナーも、生徒たちが中心となり面接した結果、委員会メンバー深田美香さんに決まり、プロジェクトは順調に進んでいくかに見えた。
ところが、肝心の店舗がなかなか決まらない。高橋さんでさえ、一時は開業をあきらめそうになる中、地元の区長会のサポートのおかげで道が開けることになった。
お金がない! クラウドファンディングへの挑戦
しかし、ここで新たな問題が発生。決まった店舗は計画していた面積の3倍もの広さに加えキッチン設備もなく、資金不足に直面したのだ。
そんな中、「クラウドファンディング(*)に取り組みたい」という声が、生徒たちから上がった。高橋さんたちは、生徒の自主性を大切にしようと勉強会などで支援。目標金額200万円、平成30年11月1日から12月31日までの挑戦を決めた。
「委員会が協力できることは、知人への声かけやSNSでの発信程度。目標額の達成を天に祈るのみでした。」
生徒たちは募集チラシの配布やラジオ出演などで支援を呼びかけた。
「校外へのアピールに加え、これまでプロジェクトに関わっていなかった教師や生徒たちへの働きかけも積極的に行うこととなり、プロジェクトが広く知られる契機となりました。」と瀨村先生。
終わってみれば、187人の支援を受け、目標金額を上回る235万4千円の資金を集めることに成功したのだった。
それから半年、迎えた令和元年6月27日。「はりまのちっちゃな台所」は、本格オープンを迎えた。
*クラウドファンディング:主にインターネットを通して不特定多数の人々に支援を募り、プロジェクトなどへの資金を集める仕組み
オープンで味わった、交流の温かさと
新たな決意
オープンに当たり、高校生たちによる野菜の店頭販売が行われた。参加したのは、平成31年4月からプロジェクトに加わった新メンバーの2年生たち。
「高校でとれたじゃがいも、にんにく、きゅうり、たまねぎなどの農産物を並べました。『播農の野菜はどれや?』ってお客さんが聞いてくれて。自分たちでつくっている蕎麦や野菜を、地域の人に食べてもらえたらうれしい。」
そう話すのは疋田帆望果(ひきたほのか)さん。
一緒に販売に立った髙智和(こうちやまと)さんは「『全部学校から運んで来たん? えらいなあ』って話しかけてもらって、地元の人たちとコミュニケーションができたのがうれしかった。」と話す。
「プロジェクトに関わった3年生や卒業生たちをはじめ、『定期テストが終わってやっと来ることができた』と、高校から3キロメートルもの距離を歩いてやってきた生徒もいて、本当にうれしかったです。」とオーナーの深田さんは話す。
店では播磨農高産を中心とした地元の野菜を使いながら、一品一品手づくりにこだわっている。
「週一回、京都の蕎麦屋へ出汁の取り方から習いに通いました。将来は蕎麦カフェとして、若い子育てママたちに選んでもらえるよう、蕎麦の新しい食べ方も提案したい。」と深田さん。
疋田さんや髙智さんと一緒に取り組んでいる小寺亮輔(こでらりょうすけ)さんも、「播農生が『お腹がすいたから、はりまのちっちゃな台所に行こうぜ』って、みんなに来てもらえるようにもっと盛り上げたい。そのためには僕たちが発信源となって、小さなことからでも携わっていけるよう、これからも頑張ります。」と目標を語った。
委員会、高校生、行政が一つになって叶えたレストラン。
3年間、丁寧に育み続けたプロジェクトは、生徒たちの大きな成長の機会となっていた。
高校生たちの成長に、大人の心が震えた!
「私たちは、生徒自身が考え、相談し、決定することを目指してきました。生徒たちは壁にぶつかるたびに精神的に強くなり、だんだん凛として来るんです。」
高橋さんには忘れられない出来事があった。
「高校生がクラウドファンディングにかかわり、レストランづくりの資金の一部を集めることを、疑問視する声があったんです。
その時、生徒たちは『ぼくたちが自主的にお願いをしてやろうとしていることを、大人たちが受け入れ、協力してくれることに感謝しています。』と言いました。
子どもたちがどれだけの想いを込めていたのかを知り、胸が熱くなりました。
子どもたちは、生きる力をちゃんと持っています。私たち大人は、それを導いてあげるだけでいいのだと教えられました。」
高橋さんたちを感激させた、子どもたちの変化。その成長ぶりは地元地域にも、伝わっていた。
「つくってくれて、ありがとう。」
店舗探しに高橋さんが奔走していた頃、一番多く耳にしたのは「もう、静かに暮らしたい」という旧市街地の人たちの言葉だった。
「子どもたちやまちの未来に、気持ちを向けてはもらえないのか。正直悲しい気持ちになりました。」と高橋さんは当時を振り返る。
しかし、店がオープンすると、近くにスーパーがあるにもかかわらず、近所の高齢者たちが「播磨農高の野菜はないの?」と高校生の販売を楽しみにしたり、食事ができる店が近くにできてうれしいという声が届くようになったりと、少しずつ周囲が変化を見せ始めた。
そんな中、高橋さんと深田さんは忘れられない言葉を受け取った。
「店をつくってくれて、ありがとう。」
静かに暮らしたいと言っていた、近所の方たちからの言葉だった。
こうして、まちづくりの一端を担い始めた「はりまのちっちゃな台所」。高橋さんは「1店舗だけではなく、2店舗、3店舗と増えてこそ活性化に繋がります。
この店が発信地となって楽しい店が点在すれば、まちの未来が変わるのではないかと思っています」と語る。
オープンを果たし、委員会は新たなステージへと 向かう。
子どもたちが、未来の希望であり続けるために
瀨村先生は「学校として関われることはたくさんあります。園芸科で扱っている草花でフラワーアレンジメントを飾るのもいい。そうした活動を共に考え、お店を盛り上げながら、『はりまのちっちゃな台所』が生徒たちの挑戦の場、次の成長につながる場になるよう取り組んでいきたい。」と話す。
一方、委員会の事務局として活動を陰から支える、加西市ふるさと創造部ふるさと創造課の岡野洋さんは、「高校生がまちの課題を考える活動は、地域への愛着を育て、若者の人口流出の歯止めとなる可能性が高いと思います。最近では近くの住民が楽しい催しを求め、はりまのちっちゃな台所などの施設が並ぶ路地を歩き始めました。空き家・空き店舗のリノベーションを希望する人や起業を目指す人も現れています。加西市に住んで、就職したいと考える市外の生徒などが現れ、まちの活性化に繋がることを期待しています。」と語った。
最後に、委員会として高橋さんが想いを語った。
「これから子どもたちが、都会でいろいろな経験をして地元に帰ってくる時、ネガティブな思いで戻ってこなくてはいけないような場所だけは、つくりたくなかったんです。子どもたちは働く大人の背中を必ず見ています。この店の空間も、空間をつくるコンセプトも子どもたちは見てきました。そんな時間を過ごしたことで、前向きに夢を語れる大人になった彼ら、彼女らの背中を子どもたちが見て、その子どもたちの子どもたちがまた背中を見る。そんな連鎖が続けばいいと思って、この店づくりに関わりました。これからも私たち委員会は播磨農高との繋がりを大切にしながら、この場所と子どもたちを、まちの未来の希望として育むための応援団であり続けます。」
(取材日 令和元年9月4日)