真野地区まちづくり推進会
神戸市長田区

震災にも強かった、真野の地域力

未曽有の大災害は、真野地区にも大きな傷跡を残した。
19人が犠牲となり、43戸が焼失。建物の全半壊は全体の3割にも及び、震災直後は1,350人が避難所生活を余儀なくされた。
この危機的状況の中、地域のことは地域住民自ら考え取り組むことで培ってきた、真野の地域力が大いに発揮されることになった。

地震発生から3日目、当時の推進会の代表を本部長に、真野地区の災害対策本部が立ち上がった。
小学校の職員室を使い、各自治会の会長や団体の代表者、住民有志によって毎晩話し合いが続けられ、自治会主体によるスムーズな避難所運営を実現したのだ。

「当時、区役所に用意されていた救援物資の受け取り現場は、強い者が勝つといった状況でした。真野では『弱い人のところに絶対届けるんだ』という信念のもと、救援物資を対策本部がまとめて受け取り、自治会単位で人数に合わせて配分。一人ひとりに行き渡る体制をつくり上げました。」

当時を振り返りながら、まちづくりプランナーの宮西悠司相談役が語った。
青少年育成協議会・真野支部支部長の伊藤ゆかりさんは「男性たちが対策本部へ行くと、町内に残るのは女性や高齢者たち。
すると『お水を汲んできてあげよう』『今日は6丁目でお風呂に入れるよ』って、自然に一体感が生まれました。自治会の皆さんが、まちのためにずっと頑張ってきてくれたことを知っているから、私たちは私たちにできることをしようと思えたんです。みんなでまちづくりに取り組んできた成果です。」と話す。

自治会を中心とした対策本部、弱者を大切にした救援体制、住民同士の共助の想いに加え、もう一つ人々の役に立ったもの。それは「被災後の地区に大きな団結力をもたらした」と清水さんが言う、地域の情報だった。

住民の連帯感を生んだ、176枚の「真野っこガンバレ!!」

震災から50日が過ぎた3月6日。地区の2,200戸に向けて、対策本部から1枚の広報紙が配られた。「阪神大震災真野地区復興まちづくりニュース真野っ子ガンバレ!!」第1号だった。
この広報紙は、清水さんを編集長にボランティアスタッフたちの手で週に1回(101号からは月に2回)、176号まで発行された。

「緊急時には、みんなが求めている情報を届けることが大切です。ころになっていました。時の経過とともに地域行事の案内や身近なまちの話題、自治会長の紹介、地元で頑張っている人への励ましなど、少しずつ復興につながる記事を掲載していきました。」

震災の情報を共有するだけでなく、地域の組織がどんな活動を行い、地域が今どんな状況にあり何が課題なのかを知らせることで、全住民の連帯感を深め活性化を図ってきた「真野っ子ガンバレ!!」。 「災害時にどんな行動をとればいいかがわかる、まさに教科書です。」と清水さんは胸を張る。

その後、推進会ではバックナンバーを縮刷版として編集し、現在は「まのっこだより」という広報紙を年4回発行。情報共有の活動は、その後のまちづくりにも引き継がれている。
さらにこの震災は、企業との共生力が地域にしっかりと育まれていたことを改めて実感させた。

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