目次
市民の力で未来をつくる
目指せ! 人とまちが育み合う新宮町
市民の力で未来をつくる
目指せ! 人とまちが育み合う新宮町
豊かな緑を揖保川の清流が潤す、たつの市北部に位置する新宮町。眠ったままの地域資源、薄れてゆく世代間のふれあいを、今一度まちのにぎわいとして育て直し、自らの手で未来につないでゆこうと有志たちが動き出した。
地元住民をどんどん巻き込むイベントや、声を上げる機会の少ない世代が想いを届けるプロジェクトを開催。「活動に取り組む自分たちが楽しむこと」「誰でもふらりと立ち寄れる適度な緩さを備えること」など個性的な運営スタイルと、行政に頼りきらない市民独自の開拓力で、人、世代、地域をつなぎながら、新宮の元気な未来をつくるために日々取り組んでいる。
【グループ紹介】
しんぐうNext:たつの市新宮町の現状や課題に向き合い、まちの未来を自分たちの手で創造しようという住民たちが、平成29年7月に結成した市民ボランティアグループ。たつの市商工会メンバーをはじめ、想いに共感したたつの市役所の有志や住民たち、およそ20名が参加。
新宮町の魅力を再発見する体験プログラムイベント「しんぐう☆まちあそび」、地域資源や技術を活かしふれあいを育む「しんぐうマイスター」、新宮の未来を市民自らの手でつくるワークショップ「みらい会議」、10年先を見据えたまちの未来を育む「Next Seeds プロジェクト」など、自分たちのまちの課題をみんなで考え、解決を目指す事業を展開している。
まちを変えたいなら、自分たちで声を上げよう
新宮町ににぎわいを取り戻したい人。子どもがイキイキ活動できる場をつくりたい人。イベントの企画立案を楽しみたい人。まちの課題を見つけ地域づくりに活かしたい人。
「活動する目的がそれぞれ異なる、ちょっと変わった集まりです。」と笑う会長の石井靖敏さん。一人ひとりが思い描く夢を楽しみながら実現するグループ、それがしんぐうNextだ。
立上げのきっかけは平成27年、石井さんがたつの市商工会のメンバーとして「たつの市まち未来創生戦略(*)」の策定に関わる会議に参加したことだった。そこで石井さんは、まちを活性化するためのアイデアを持つ人が大勢いることに初めて気づき、驚いたという。
「新宮町をああしたほうがいい、こうしたほうがいいと、商工会のメンバーたちと語り合うだけで、実現できない状況が何年も続きモヤモヤしていた。」という石井さん。
知人の市役所職員・八木晴紀さんに声をかけ、翌年、まちの未来を市に提言する事業「たつの次世代創生塾」が実現。たつの市の活性化につながるアイデアを多くの参加者たちと共に語り合うことで、まちが目指す未来の姿を市民が提案し、行政と共に地域をつくる活動の原型に触れることができたと話す。
一方、副会長の長澤直人さんは、1市3町の合併(*)後、新宮町だけが取り残されたように感じていた。
「お祭りも開催されなくなり、かつてのにぎわいや関わり合い、まちの特色が減ってしまったと感じていました。自分たちで声を上げなくちゃいけないと思っていました。」
「行政だけに頼らず、市民の力でまちの未来をつくっていこう。」
目標を掲げた石井さんたちは、NPO法人生涯学習サポート兵庫(*)の支援の元、活動内容を考えたり、チラシやSNSの活用を学んだりする一方で、地域の団体や自治体の担当課に足を運んではしんぐうNextの説明を行い、認知度を上げる努力を続けた。
こうして一年間の準備を重ね、初めて開催したイベントのチラシには、補足として、グループの説明を書き加えた。
「いつの日か、しんぐうNextという名前を目にしただけで活動の趣旨を理解され、参加者や関係者が集まってくれる団体になろう。」
そんな願いと共に、活動がスタートした。
*たつの市まち未来創生戦略:急速な少子高齢化の進展と人口減少に対応し、地方創生を推進するため、平成27年にたつの市が「まち・ひと・しごと創生法」に基づいて策定した、5か年の目標や基本的方向、具体的な施策をまとめたもの。
*1市3町の合併:平成17年10月1日に龍野市、揖保郡新宮町・揖保川町・御津町が合併し、たつの市が誕生した。
*NPO法人生涯学習サポート兵庫:体験活動やワークショップの専門家たちが講師やコーディネーターとなり、生涯学習や子育て、地域福祉活動をサポートする、姫路市飾磨区にあるNPO法人。
人と人がつながって、まちが元気になってゆく
初めての活動は立ち上げから半年後の平成30年2月、0歳から3歳までの親子を対象にした「子育て交流フェスタ」だった。
「お母さんたちが、こういう場を欲していることを痛感しました。」と、しんぐうNextの顧問を務める木南裕樹さんが言葉に力を込めるほど、多くの親子連れが参加。新宮町の施設の協力の元、親子ヨガ、紙芝居といったプログラムや段ボール遊びを子どもたちが楽しんだ。
さらにその年の夏には、夏休みの約40日間を「まちあそび期間」に設定し、様々な体験プログラムを提供する「しんぐう☆まちあそび」を開催した。
このイベントをきっかけに生まれたのが、「しんぐうマイスター」と名付けた協力者たちだ。地元の大人たちが指導者(マイスター)となり、子どもたちに様々な体験を提供する。例えば、居酒屋のマスターが料理教室を、ケーキ店のパティシエが洋菓子づくり体験を、カブトムシの飼育を趣味にしている人が昆虫とのふれあい体験を、というように様々な「マイスター」がボランティアで参加し、イベントを盛り上げた。
「マイスターやボランティアスタッフなど、協力者をどうやって増やすのか、どうしたら興味を持ってもらえるのかを常に考えていた。」という石井さん。人に会いに行ったり話を聴きに出かけたり、様々なイベントの見学に出向いては、その場にいる人たちに声をかけ、しんぐうNextの活動を知らせ続けたという。
令和元年には、それぞれ2回目のイベントを開催。
令和2年は新型コロナウイルス感染拡大予防のため、中止や延期を余儀なくされた中、一生に一回きりのその時期、その瞬間を大切にしてほしいと、「しんぐう☆ちょこっと☆まちあそび」を企画。7月から12月まで月に一度、小さなイベントを開き続けた。
こうしたイベント活動によるまちの活性化と共に、若い世代によるまちの未来づくりを思い描いていたしんぐうNext。その想いが具体化に向かうきっかけが生まれたのは、一人の高校生との出会いだった。
学校で学べないことは、地域が担う!
「新宮町で、ロードレースのイベントを開いてみたいんです。」
石井さんの元を、高校2年生の男子学生が訪ねてきたのは令和元年の冬のこと。広報紙に掲載された石井さんとたつの市長との対談記事の中の「高校生たちの若い力を、まちづくりに巻き込んでいこう」という話題に共感し、話を聴いてもらおうとやってきたのだ。彼の母親である井上梨津子さんも、この出会いをきっかけにしんぐうNextのメンバーに加わった一人だ。「息子の想いを受け入れ、聴いてくださる場があったことで救われました。」と話す。
「何かやりたいことができた時、まず最初に声をかけてもらえる団体になりたいと思っていたので、相談に来てくれたことがめちゃくちゃうれしかった。」と言う石井さん。ロードレースはまだ実現していないが、彼との出会いで気付いたのは、しんぐうNextが若い世代の気持ちを、大人たちに届ける立場でいることの大切さだったと話す。
「やりたいことを声に出せる、やってみたいと行動に移せるって、すごくいいことだと思うんです。でも高校生たちの年代ではやりたいことがあっても、大人にダメだと言われたら実現できません。手順を踏んで挨拶をし、しかるべき相手にきちんと説明することが必要です。そのつなぎ役に、私たちしんぐうNextがなれたらいいなと感じました。」
そしてもう一つ、石井さんが「彼に教えられた。」と語るのは、「学校だけで学べないことは、地域で担おう。」ということだった。
「例えば学校の家庭科の授業では、料理を体験する程度です。料理にもっと興味を持っている子どもには、学校という枠を出て地域の中に料理を教えてもらえる場所があるといい。大工でも和菓子職人でも、しんぐうNextを利用していろいろな仕事のことを深く知り、大学へ進学して会社員になるだけでなく、もっと選択の幅を広げて欲しい。そのきっかけは、学校だけじゃなく地域が共につくるものなのだと思いました。」
学校と社会の中間点として、家庭、学校に次ぐ3つ目の「ゆるい場所」になりたいと話す石井さん。そのために、若い人たちが世代を越えて地域の人たちとつながれるまちを目指し、取り組んだのが「みらい会議」、そして「Next Seedsプロジェクト」だった。
しんぐうNextが目指すのは、世代のつなぎ役
「地域に暮らすみんなが交じり合い、地域課題の解決に向けて自分たちにできることを考えてみよう。」
「新宮の未来をつくるワークショップ」と名付けられ、平成30年12月にしんぐうNextによって開催されたみらい会議。まず石井さんは、会議のテーマを決めるため、地元高校の学生たちと子育て中の母親たちから、新宮の地域資源や地域課題を聴く「わがまちミーティング」を開いた。 中でも印象的だったのは、「ここは少子化が進んでいるまちじゃない」という母親たちの声だったという。
「母親の人数が少ないだけで、みんな3人、4人の子どもがいる。育児の相談がしやすく、親に子どもを預けやすい。子育てしやすいまちなのではないかと言われたんです。自分たちの思い込みではなく、いろいろな人に会って話を聴かなくてはいけないと思いました。」と石井さんは振り返る。
みらい会議当日は、10代から60代まで様々な立場の市民30名が参加し、たつの市長をはじめ県会議員、市会議員合わせて17名が発表の様子を見学。わがまちミーティングで集まった声を元に用意された、「住み続けたい新宮」「元気な新宮」「人を育む新宮」という3つのテーマそれぞれに出された声の中から、後日、「計画書づくり作戦会議」を実施。アイデアの具体化・事業化に向け、「しんぐう☆まちあそび」のプログラムづくりに反映させていった。
さらに令和元年8月には、みらい会議で出されたアイデアを元に、10年先の新宮を市民自らがつくり上げてゆく「Next Seedsプロジェクト」を始動。地域資源である人の活用をテーマに、「みらいをつくる」「にぎわいの場をつくる」「健康と福祉」「教育・子育て」「協働・共創」について、10年先の新宮を語り合った。
その中で石井さんは、地域の中の様々な分野で担い手が減っているという声をよく耳にした。
「子育て世代の集いの場がない、高齢者の集まる場がない、子どもたちの遊ぶ場がないと言いますが、例えば年配の人が若い人や子どもに料理を教えるなど、みんなで一緒にできないかなと思うんです。誰かが『こっちにおいで』と声をかけたり、縦だけでなく横にもつながれれば、担い手も見つかると思います。縦に区切っているから、担い手が現れにくいのかもしれないですね。」
そうした世代のつなぎ役を目指すため、しんぐうNextには工夫していることがたくさんある。
対話から生まれる信頼関係こそ、活動の原動力
ひとつは、対話の機会と成功事例を積み上げていくこと。
しんぐうNextの活動は、人と人とのつながりが原点。対話やコミュニケーションから信頼関係が生まれ、関わる機会も増えていくため、できる限り足を運び、直接会って活動の内容や趣旨、想いを伝えることを心がけている。
また、小さな成功事例を積み重ねることで、「行ってみたい」「やってみたい」という気持ちを引き出しているという。
実はスタート間もない頃、対話不足から「しんぐうNextは何をやっているグループだ?」と、既存団体などの不審を招いてしまったことがあった。新宮総合支所地域振興課の取り次ぎで自分たちの活動を説明し、理解を得ることができたという。
「このまちをつくってこられた方々に敬意を払い、その方々が取り組まれている活動について、しっかりと調査し学んだうえで尊重すること。自分たちがどのような思いで、どんな活動をこれから展開していこうとしているのか、直接お会いして細かく丁寧に説明すること。それが大事だと感じた貴重な学びでした」と石井さんは話す。
そしてもう一つが、行政との連携だ。イベントの後援をはじめ、様々な人や団体などと関わるためのつなぎ役として、行政のサポートは必要不可欠だと言う。
市役所職員として、しんぐうNextのサポート役を務める上原広之さんも「今のまちづくりは、住民や商店、企業、学生などが、一緒になって取り組むことが求められます。私たちの役割は、住民の方々と行政がお互いの強みや弱点を補完し合えるよう、パイプ役に徹すること。行政だけでもできないし、志を持った一部の人だけでもできないので、つなぎ役は大事だと思っています」と話す。
つなぎ合うことで、それぞれがやりたいことを実現し、新宮町の発展につなげてゆこう――。しんぐうNextは新たな挑戦を続けている。
まちが人を育み、人がまちを育む新宮町へ
しんぐうNextの活動を通して、まちが人を育み、人がまちを育む「まち育」に取り組みたいと話す石井さん。そのためにも、「しんぐう☆まちあそび」を新宮町の一大イベントに育てていきたいと言う。
しんぐうマイスターや常設の教室を増やすことで、年齢に関わらず知識や経験、得意なことを人に伝えられる場所が生まれ、地域で人を育んでゆけるまちになれる。また、高齢者の生きがいづくりや若者のシビックプライド(*)醸成のきっかけにつながることも期待していると話す。
「活動を通してたくさんの人たちと交流を持てたことで、まちの未来を『過疎』から『適疎(*)』にチェンジさせることが可能だと思えるようになりました。人口を増やすことだけを目標にするのではなく、新宮町に住みたいと思う人が、住みやすいように自分たちで工夫しながら、年を重ねていけるまちであればいい。」
若い世代から高齢者まで、楽しく暮らしやすいまちづくりを自分たちで考え、知恵を出し合い、実現するために。人と人、地域と人をつなぐ役割を、しんぐうNextが担ってゆく。
*シビックプライド:課題解決や活性化といった具体的な行動に取り組む姿勢も含んだ、都市に対する誇りや愛着。
*適疎:過密でも過疎でもない、適切に疎(まば)らである感覚を表現した言葉。島根県隠岐諸島の町で、全国の地域おこし活動のモデルとなるプロジェクトを生み出した、コミュニティデザイナー山崎亮氏(studio-L代表、慶応義塾大学特別招聘教授)による造語。
(取材日 令和3年9月20日)