デカンショ節は、明治維新になり篠山藩主や多くの家老たちが東京に居を移したことを「丹波篠山 山家の猿が 花の都で芝居する」と歌っている。篠山の人、自らが山深い所という意味で「山家の猿」と歌った。篠山の里山には、猿が数多く生息し、里地に下りてきて田畑の作物を荒らすことから獣害対策が課題になっている。
神戸大学篠山フィールドステーションに勤務する清野未恵子さんは、京都から篠山市へ移住後、子ども向けの自然体験プログラムの企画や、学生・地域住民とともに篠山の環境調査や獣害対策等の活動を展開し、地域の課題解決や魅力の発信に取り組んでいる。
長崎生まれの清野さんは、鹿児島の大学に進学。卒業後、京都大学大学院で地球環境や霊長類の採食行動学を研究していた。平成21年、篠山の廃校になった中学校を利用してできたチルドレンズミュージアムから、子ども向けの生物に関するワークショップのスタッフとして迎え入れられたのを機に、京都から移り住んだ。
移住前、初めて丹波へ入ったときに「目に染みるような緑の美しさ、鳥が飛び立つさまを目にして、それまで知らなかった篠山という土地が、すっかり好きになった」と振り返る清野さん。
住むことになった篠山市福住は、チルドレンズミュージアムのスタッフが住んでいたこともあって、住民たちは清野さんの仕事内容をよく知っていた。特に休日はイベントなどで忙しいことを理解していたので、自治会の共同作業である草刈作業を免除するなどの配慮をしてくれた。清野さんは、住民の温かさを感じながら、地域に馴染んでいった。
チルドレンズミュージアムでは、子どもたちを対象とした里山や川の生物観察を体験するプログラムを企画し、地球環境に対する関心の裾野を広げる仕事に取り組んだ。京都では研究者と一緒にワークショップをしていたが、ここでは自分一人で進めなければならない。しかも参加する子どもたちは、進行役であるファシリテーターの声のかけ方次第で、生き物への関心がかわってしまう。清野さんは、子どもと向き合う時の姿勢が、子どもたちの自然に対する考え方や関わり方、ひいては、地球の環境問題に影響することを感じ、責任の重さを実感している。
清野さんは、チルドレンズミュージアムのスタッフとして仕事をする傍ら、平成23年2月から、神戸大学篠山フィールドステーションの地域連携研究員として、学生、地域住民と共に地域の課題解決や、連携研究、交流事業を進めてきた。
丹波地域では、平成20年から地域で活動する大学生と高校生が協働し、自然環境に配慮した地域づくりを支援する事業が始まっている。昨年度は、篠山産業高校丹南校と篠山鳳鳴高校の生物部、神戸大学、篠山市で「地域いきものラボラトリー」を結成。市内の生物調査と環境DNA抽出用の採水活動を行い、希少種であるアカザとスナヤツメのDNAの抽出に成功する。
高校生たちは、外来種の駆除イベントにも参加。外来種の駆除が必要なことを、イベントに参加した親子連れに伝えるために寸劇を披露した。生徒たちは自分に割り当てられた外来種の役になりきるために、その生物の動きや特性を調べて演じた。「知ってもらうためには、まず、自分たちが知らなくては・・・」と、生徒たちはたくさんのことを学び、地域の課題である外来種についての知識を深めた。
生徒たちを指導した清野さんは、「高校生と大学生がともに現場を体験し、気づきを共有する。ここで得たものが、将来きっと、地域づくりに役に立つと期待し、その行く末を温かく見守っていきたい」と言う。
市民が参加する環境調査では、参加者は自宅周辺をモニタリングする。貴重な生物が存在していることを知った人たちは「そんなすごいものがあったんけ」と驚きの声をあげた。
「調査結果に一緒に驚き、その気持ちを共有できることが嬉しい」と清野さん。
身近にありながら、普段は気づかない地域の資源を知ってもらうことで、ふるさとの魅力を見つめ直して欲しいと、自身が研究してきたこと生かしながら、地域の人たちとともに調査を続けている。
今、篠山市が直面している大きな問題の一つに「獣害」があげられる。牡丹鍋で有名な篠山であるが、イノシシよりサルの被害が深刻化している。サルの摂食に関する研究をしていた清野さんは、積極的に獣害対策活動を展開している。
サルの被害に悩まされている篠山市畑地区では、サルを追い払う策として「さる×はた合戦」を開催した。もともと、農村を悩ます獣害に関心を持ってもらおうと、畑地区で実習を受けていた神戸大生が2年前に始めたこのイベント。昨年は住民が主催し、大学生が協力して行われた。サルは、一度餌を採った場所に何度も来る習性がある。この習性を断ち切り、山での生活に戻すために、サルに食べられる前に柿を収穫する。「何か手伝いたい」という都市部に住む人、獣害を知らない篠山の人たちにも手伝ってもらい、柿を持ち帰ってもらう。一緒に柿狩りを楽しみ、交流を深めながら、中山間地域の人が獣害を食い止めていることを知ってもらう良い機会になっている。
清野さんは、篠山市の被害対策支援チームのメンバーとして、日本国内の被害対策を牽引するNPO法人 里地里山問題研究所代表理事の鈴木克哉さん(農水省農作物野生鳥獣被害対策アドバイザー・篠山市獣害に強い集落づくり支援隊)とともに、他所に先んじて社会実験的な対策に取り組んでいる。
サルを捕獲するのではなく、追い払うことにより、ある程度の個体数を維持することで、「野生動物と共生してきた昔ながらの農村の姿を守っていきたい」
こうした考えのもと、篠山市では、サルを追い払うために、電気柵設置のハード整備とともに、サルの位置情報をメール配信し、追い払いに備える体制を整えるソフト整備を両輪とした対策が進められている。監視員の雇用、電動ガンや追い払い花火の無料配布など、追い払いの具体的支援を行っている。
昨年度からは篠山市農都創造政策官に就任し、獣害対策に加え、地域づくりを含めた篠山市の農都づくり全般にわたって関わっている清野さん。現在、週5日はフィールドステーション、2日は篠山市役所に勤務する。
「大好きな篠山の魅力を伸ばし、市民、職員のみなさんと一緒に篠山市をもっと盛り上げたい」
生きものとどのように暮らしてきたか? どのように暮らしていくか?
「生きものは、人の生活を豊かにする。生きもののことを考えることで人はやさしくなれる」と清野さん。
野生動物による農作物の食害が原因で離農するケースもある。しかし、篠山では動物や自然との共存を望み、豊かな自然の力を生かしながら農業を営む人もいる。そうした営みや、そこで生み出される篠山の農作物をブランド化し、都会の人にもっと知ってもらうことで離農を防ぎたい。そのために、野生動物と共存できる地域社会をつくり、都会と篠山を繋ぐ橋となりたいと、学生たちとともに、篠山の魅力づくりに励む。