私たちは今年度「店舗経営」という授業の中で、高校生の目線で地元の魅力を発見し、感じた面白さ・魅力を発信していく勉強をしてきた。
手始めに通学路にある長田神社と参道に広がる長田神社前商店街に着目した。
地下鉄長田神社前駅、神戸高速鉄道高速長田駅から北へすぐ、商店街の象徴である朱色の鳥居をくぐると長田神社の境内までずらっと軒を連ねるのが長田神社前商店街だ。歴史ある長田神社の門前町として栄えてきた。
取材を進めていくうち、長田神社の伝統行事「古式追儺式(ついなしき)」を「国の無形民俗文化財にするんや」と、熱い思いを持つ方と出会った。
長田にしかない「古式追儺式」とそれを次世代に伝える地域の人の思いをぜひ知ってほしい。
長田神社前に広がる商店街
「追儺式は僕の人生そのものですわ。」
「西本さんにとって長田神社の追儺式とは。」この質問に対し西本さんは胸を張って、開口一番にこう言った。
西本さんは、長田商店街で約70年以上も営業を続けている果物店の2代目店主、そして、もう一つの顔は長田神社古式追儺式奉賛会(以下奉賛会)会長である。
長田神社古式追儺式奉賛会の西本会長
追儺式は長田神社の厄払いの行事で、毎年2月3日、節分の日に行われている室町時代から約650年間続く伝統行事だ。太平洋戦争の混乱で、終戦後の4年間は、追儺式を行うことができなかった。しかし昭和25年に「もっぺんやろう!」という地元の方たちの声が上がり、奉賛会が結成された。
驚くことに、西本さんはこれまで16回連続鬼役として舞台に立ち、一度も体調不良で休んだことがないという。16回踊った人は過去に2人しかいない、いわゆる鬼役の達人だ。
古式追儺式神事 鬼の舞
追儺式の舞台に上がる鬼は一匹(鬼は一匹、二匹・・・と数える)だけではない。長田神社の追儺式の鬼は、なんと七匹もいるのだ。この鬼たちは家族のような構成をしており、主役として有名な餅割鬼(もちわりおに)は七匹の鬼をまとめる父親のような鬼である。その奥さん役である尻くじり鬼(しりくじりおに)、一番太郎鬼、呆助鬼(ほおすけおに)、姥鬼(うばおに)、そして赤鬼・青鬼である。また、追儺式には鬼以外にも登場人物がいる。太刀役は、太刀の刃で寄り来る不吉を切り捨てる役目をしており、肝煎り(きもいり)という世話人等が数十名奉仕している。
鬼というのは世間一般的に、恐ろしい・凶暴などマイナスなイメージがある。ところが長田神社の鬼たちは追儺式の参拝者の厄を払い、今年一年の無病息災、家内安全を祈り願うとても心が優しい鬼なのだ。
「鬼役はねぇ、志願してもね、踊りたい言うて手を挙げても踊れないんです。応募をかけたら、ものすごい人数が踊らせてくださいって応募に入ってくるからね。それはできない。」『あの人に踊らせる』。鬼役の選定は、候補者の中から追儺式の幹部たちが決め、協議のうえ決定するという仕組みになっている。それほど追儺式の鬼役は人々の憧れだ。
「まあ大概『やりますか?』と言うたら『踊ります』と言う。まあ意味が分からんと踊る人も結構おる。僕自身もあんまり意味が分からんと踊った一人やけどね。」
鬼役に選ばれた方たちは真冬の朝、厄払いのために井戸水を300回ほど被ったり、温度6℃の海に7回、8回入ったり、かなりハードな禊を繰り返す。
「遊びではちょっとできひんね。みんなも真冬にお風呂の水被ったりしないやろ?」
神事当日に行われる須磨海岸での禊
神事当日に行われる須磨海岸での禊
須磨海岸で鬼の舞の練習
そのような厳しい環境で体調を崩した人も何人かいた。だが驚くべきことに、鬼役を懲りたと言った人は今まで一人もいない。西本さんは、初めて鬼役をした時のことを教えてくれた。
経験を多く積んできた先輩たちの中で、当時22歳で新造(はじめて鬼役をやる人のことを指す)だった西本さんは号令に従うように動いた。
「2月3日が本番で、鬼の舞の練習は2月2日の午後1時から5時くらいだったかな。4時間くらい先輩たちに怒鳴られながら練習する。でも初めてやから頭に入らない。だから前日の晩は寝られへんわけや。練習が不十分で。それであんまり寝ないまま、不安な気持ちで舞台に上がった。そういうことを経験した。」
西本さんは会長になったとき、少しでも鬼役の人たちの不安が解消できるように三日間を鬼の舞の練習日に決めた。
前日練習の様子
鬼役はただ踊るだけの役ではない。西本さんは後輩へのメッセージに織り交ぜてこうアドバイスする。
「鬼を踊りだして2、3年ぐらいは慣れんことが多くて疲れるけど、やっぱりなんでも課題を持ってやること。」
「追儺式はね、鬼は七匹おるからね。面が全部違うでしょ?だから全部同じセンスで踊ったらいかんわけ。赤鬼は赤鬼の気持ちになって踊らなあかん。赤鬼になったら赤鬼のイメージ、主役になったら主役のイメージで踊るということを心がける。」
新しい伝統行事とこれからの目標
阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた中でも、追儺式は行われた。
「参道の鳥居が倒壊して、その光景が信じられませんでした。神社の周りの家も大きなダメージを受けて、多くの方が、生活を立て直すまでにかなりの時間をかけておられ、本当に大変でした。みなさんが復興に向けて忙しくしている中、私たちは井戸のお祓いをしてほしいとお願いされて、がれきが積まれた場所のわきを抜けて、何軒もお邪魔したことを思い出します。」と長田神社の佐々木禰宜が当時の状況を教えてくれた。
長田神社の佐々木禰宜さんにインタビュー
阪神淡路大震災時、被害を受けた長田神社前商店街
「追儺式もそうですが、お祭りごとを神社でやる意義は、日本の伝統を後世に伝えるところにあります。たとえ神社の社務所が以前の木造から鉄筋に変わったとしても、伝えるべきもの、込められた想いは昔から何も変わらないのです。」と佐々木禰宜は、爽やかな表情で語ってくれた。
そのお話を聞き、震災で大きな被害を受けようとも切れることの無い、長田神社と地域の方々との深い結びつきを改めて感じた。そして、長田神社の近隣の家々の玄関に、追儺式での松明が飾られているのを見たことを思い出した。その風景には、無病息災を願う人たちの想いがあったのだ。
長い伝統ということについて、西本さんにお話を聞くと表情を柔らかくしてこう語った。「伝統行事を守らなあかんていうことはたしかにあるんやけど、少しずつ伝統も変わっていっていいわけで、いいように変えられたらいいわけで、何も変えないということが伝統を守るということではない。」
「追儺式では、我々は舞台人やから、みんなが良かったなと、そういう気持ちを持って帰ってもらいたい。」
一昨年の追儺式まで、薄暗い照明の中で踊りをしていたが「新しいものを取り入れてスキルを上げていこう」という奉賛会のアイデアで、昨年から照明をより明るく、参拝者の方々からよく見えるようにLED照明を取り入れる仕掛けを作り、好評を得た。今年は、参拝者の方々がより良い雰囲気に包まれるように、お囃子や太鼓などの音響効果を工夫する予定である。
「昭和45年に、先輩たちが努力して兵庫県の重要無形民俗文化財の指定を受けたんですけど、これからは県から国へステージを上げて、国の指定を目標にして頑張ろうと思ってる。そのためには、なるほどという評価がないと無理やから。何とか神戸の追儺式はここにいますよっていう状況を作りたい。国にも長田神社追儺式、奉賛会を認知してもらっているので、『もうひと押し』と思っている。」
追儺式の伝統行事を新しく改革して次代に受け継いでいく、西本さんのまっすぐで強い思いはきっと、長田地域にとどまらず、時代を超え受け継がれていく。
取材後、追儺式を終えて
追儺式本番では、インタビューでお聞きし、想像していた以上の“もの”を感じた。
今年は土曜日に実施されたこともあり、寒い中でも多くの人が集まっていた。また鬼役の方は、時折、雨雪が降る中でも、素足で踊っていた。
追儺式では数種類の鬼たちがおり、その鬼たちがすぐ目の前でたいまつを振りかざし踊り、火の粉を空気中に散らしていく姿は迫力満点だった。また、これが昔から受け継がれてきたものかと思うと感動し、鬼役の方だけでなく、鬼に松明を渡す方、追儺式に携わっている多くの方々の気持ちが伝わってきた。古くから地域に根付いてきた行事だけあって、長田神社は多くの人で埋め尽くされており、その会場の雰囲気に圧倒された。
取材を通して、知り合った商店の方々から「よく調べているね!楽しみにしているよ!」などと言っていただき、地域との交流の大事さを学んだ。
編集後記~長田商業高校のすごい○○を通じて~
長田商業高等学校3年生の皆さんは、「店舗経営」という授業の中で、フリーペーパー『まちあるき』を作成しており、そこで感じた地元の面白さ・魅力をもっと広く発信したいと、ご協力の申し出を頂きました。地元商店街でフィールドワークを実施して「放課後食べ歩き」をテーマに発行した『まちあるき』第1号は、周囲の方に好評だったそうで、この活動を通して築いた長田神社前商店街の皆さんとの繋がりや、「すごいすと」として紹介された長田神社前商店街の村上さんご協力の中で、地域の行事などを切り口として、テーマ探しを進めてきました。
「長田の鬼は幸福をもたらす鬼らしい」、そしてその行事を守り続ける熱い方がいるというお話の中で、古式追儺式神事と、長田神社古式追儺式奉賛会の西本会長にたどり着きました。
構成段階では、自分たちの視点と言葉で地域の魅力を伝えることはなかなか難しかったようですが、取材では自身が感じた疑問を、如何に相手が答えやすく質問できるか等、工夫して取り組んで頂きました。何より、取材をさせて頂いた西本会長や佐々木禰宜から聞いた力強い言葉が生徒の皆さんの心に刺さり、その印象が強く残り今回の記事になったと感じています。
古式追儺式当日は、学校が休みの日にも関わらず、ほとんどの生徒が長田神社を訪れ、迫力ある鬼の演舞と写真撮影を行いました。
古式追儺式の歴史を学ぶことで、守り続けることや次世代に繋げていくことの責任を感じ、取材を通して地域の皆さんと心の距離が縮まることで、今回の記事作成にかける生徒たちの熱意が徐々に増してきたのを感じました。
西本さんへの取材の様子
佐々木禰宜さんに、長田神社の伝統行事と地域の関わりについてインタビュー
取材前に実際のカメラを使って撮影練習
原稿作成について、アドバイスを受けながら相談