糸を先に染めてから織る播州織。優しい手触りと産地内で生産する一貫体制が特徴のこの織物は、西脇市を始め地域の豊かな自然と職人達により守り続けられている。そのおかげで、シャツやストールなどに形を変え、今も私たちと共に存在し続けている。
播州織を作る源になっているのは、多可・西脇に流れる川。この川には染色に最も適している軟水が流れており、発色の良い糸を染めることができる。そのために織物の産地として栄え、1792年以降、素晴らしい織物技術と美しい織物が受け継がれてきた。
この地の水に育てられ、学んできた私たちだからこそわかる、播州織の『すごいところ』。そんな播州織の魅力が、この記事を通して、一人でも多くの方に伝わって欲しい。
先染織物 染色が魅せる色の世界
織物は、たての糸とよこの糸を織り交ぜて一枚の布になる。特に、織物の中でも先染織物である播州織は使用される糸の色次第で出来上がりの布の印象が変わる。先染め織物の特徴について、ここでは3つ紹介したい。
まず一つ目は、色の耐久性である。私たちがよくお店で目にする既製服の布は、糸を布の状態にしてから色を付けたり模様や柄を付けた生地が多く、一見奥行きのない平らな生地に見える。しかし、糸一本一本にしっかり色がついている播州織は、色落ちが少なく長持ちする。例えば、小学校のころに使っていた巾着が色落ちし、買い換えた経験があると思う。しかし、この播州織では糸自体に色がついているので、色落ちが少なく長く使用できる。
二つ目は、自在に変えられる柄である。播州織の柄といえばチェックがまず第一に挙がるが、実はチェックだけではなく、織り方を変えることによって水玉やハートなどの模様や柄も織ることができる。また、顧客からの注文どおりの色が出せるという所も、この織物の強みである。
いろんな柄の播州織
三つ目は、発色の良さである。先染は難しく時間がかかるが、産地の高い技術を持つ職人によって糸自体が染色されているため、深みがある色合いになる。多彩でどこか懐かしい独特な色合いを表現できる織物は、播州織だけだと考える。最近では、色々な人から新たな播州織のイラスト案を集め、それを元に柄を作るという取り組みも行われている。
先染めされた糸
私たちは実際に播州織を使って、小物や服を製作する機会がたくさんある。播州織はチェック柄が多く、裁断や縫製をする際に布のゆがみがすぐにわかるので、正確にまっすぐに切ることができる。直線縫いがしやすく、印をつける必要もないので、きれいに仕上げることができる。
裁断しやすい例
きれいな色を出すためには染色される糸も重要である。とくに撚糸(ねんし)と呼ばれる工程について、次に説明したいと思う。
工程 一本の糸から一枚の布へ
染色・織物・加工とさまざまな工程があるが、この工程の中で重要となるのが糸である。糸の加工によって、肌触りや風合い決まる。肌触りや風合いを生み出すために必要な工程が撚糸(ねんし)だ。撚糸とは、糸と糸とをねじって糸を強くすることだ。
そして、この撚糸が活かされる工程が織の加工である。織の加工の中でも特に伝えたいのは『クラッシュ加工』だ。この『クラッシュ加工』は特許で保護されており、播州織工場の中でも織れるのは播州織工業協同組合さんだけということで、お話を伺った。この生地ができたきっかけは、風合い加工(肌触りを良くする加工)の工程の中で機械の不備や流れ上にトラブルなどがあり、目ずれを起したことに着目したことがきっかけで生まれたそうだ。クラッシュ加工した布を拝見した時「縫うのが難しそう」「布が突っ張りそうだ」と感じた。生地を織る中で、意図的に横糸がずらされているように見え、難しいと感じてしまったのかもしれない。しかし、そのようなことはない。目ずれやしわ、色落ち、縮み、破れにくさなど、多数の検査基準をクリアしないと布は完成しないことに加え、この生地は織る際に横糸をずらしているのではなく、通常に織られた生地を加工で動かしているため、糸の切れやすさが通常の生地と同じで弱くないからだ。
クラッシュ加工には一枚で織られているものと二重に織られたものがある。この二つの布に共通して言えること、それは肌触りがとてもいいことだ。また二重で織った布で製作したシャツは軽くて、なにより暖かいという。「この加工は機械を調節することが難しく、平成15年に発明されたが、今も発展途上だ」と言われていた。
たくさんの困難を乗り越え完成した一枚の布。『クラッシュ加工』ができたときのように、「失敗は成功のもと」、私たちも失敗を武器に日々新しい製品を作り続けていきたい。そして、織物で『クラッシュ』ができているのではなく、加工の技術によって『クラッシュ』が完成していることを一番に伝えていきたい。
播州織の分業工程の一つである加工にある技術。すべての工程がこの西脇市でできることは本当に素晴らしいことだと改めて感じた。
クラッシュ加工の日傘
クラッシュ加工の日傘
複雑さと繊細さが美しいクラッシュ加工が施された織物
機械だけでは織れない播州織
播州織は、すべての工程が西脇・多可を中心とする、播州地域で分業化されている。糸を撚(よ)る(撚糸)、糸を染める(染色)、縦糸を整える(整経)、糸に糊をつける(サイジング)、布を織る(織布)。完成までには約10もの工程があり、素材は工程ごとに専門の職人のもとへとトラックで移動する。そして、問題なく全工程を終え、出来上がった優秀な生地には、A評価(A反)が点けられる。一つでも工程の中で不具合があると、与えられない。
工場同士が離れ、決してやり易いとはいえない環境で、世界レベルの素材が織り上がる理由は、どこにあるのだろうか。私たちは疑問を抱いた。
私たちは撚糸工場を訪れ、50年近く撚糸職人として働く長井さんにお話を伺った。
長井さんが、この仕事にこだわり、長くこの仕事を続けてこられた理由。その理由は分業制ならではとも言える、職人同士の強いコミュニティにあった。話してくださる長井さんの顔つきが変わる。
「A反で仕上がって、やっとうちの仕事もAやねん。うちが悪くなかったとしても、A反であがらなければ、それはみんなの責任。どこもが頑張って、ちゃんとできてこそA。そういう仕事の仕方を大事にしてる。」
そのためにも、長井さんは普段から、前の工程とその後すべての工程の職人さんたちとの、コミュニケーションを大切にしているそうだ。“いいもの”を生み出すためには、指摘し合える関係を築くことが不可欠だと教えてくださった。
このことは、私たち生活情報科の活動でも同じことが言える。ファッションショーや小さな作品ひとつをとっても、様々なアイデアと議論がなければ、喜んでもらえるものは生まれない。高校3年間で得た大きな学びのひとつである。また、そのような大人の社会でも通用する気づきを与えてもらえるのが、生活情報科の特典である。
最高品質の播州織。そこに隠されていたのは、職人さんたちが培ってきた技術はもちろん、それだけではない職人同士の信用と信頼の循環だったのだ。
「職人さんによって、織りあがりが変わってくる。」
産元商社の方の言葉が私たちの心にひっかかった。布を織るのは機械の仕事であり、織り手によって仕上がりが変わるという事実を、直ぐに理解できなかったからだ。
機織(はたおり)職人の森本さんに、その疑問を単刀直入にぶつけてみた。
「難しい質問やなぁ…どんな高い世界一の素晴らしい機械、何億っていう機械をいれても、人がそれを使えんことには全く意味が無いやろ。どんないい機械があってもな、結局は人なんや。何をしても結局は人。コンピューターを扱うのも人。全てどんな仕事にしても世の中は人。織物の場合は、特にそういう感性みたいなものが必要やから、人っていうのは非常に大切。」
森本さんのやわらかい口調の中に、熱く訴えかける職人魂と製品へのこだわりを感じた。
さらに森本さんは、森本さんの工場で素晴らしい播州織が織りあがる理由を、聞かせてくださった。
「人に物を頼まれたときに、その人が何を求めているのか、この人はこういうことを思ってるんやろなっていうのを話の中で感じ取って、それを製品につなげていくと、相手も喜んでくれるし、より良いものが出来るねんな。」「『はいどうぞ、これ出来ましたよ。』って言った時に、相手がニコッとしてくれる。それを求めてるのかな、僕らは。それだけやな。」
ここですべてが繋がった。長井さんをはじめとする播州織職人の方たちが、この仕事を続けてきた理由。播州織が機械だけではできない理由。世界に誇る播州織。分業の中でこだわりを持ったプロ一人ひとりの納得が積み重なって1つの播州織が完成する。一切の妥協も許さない。
播州織とは職人同士のコニュニティが織り成す、洗練された職人技術の賜物なのだ。
編集後記~西脇高校のすごい〇〇を通じて~
西脇高等高校は、平成26年に文部科学省から、社会の第一線で活躍できる専門的職業人を育成するための先進的な卓越した取組を行う専門高校等「スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)」として指定された10校のうちの1校です。
普段の授業やインターンを通じて、播州織の”再発見”と独自ブランドの発信に取り組んできており、“すごいすと”で多くの方に伝えたい地域の魅力は「播州織」と明確に決まりました。そして、生活情報科3年生の20人の皆さんに記事の制作に取り組んで頂きました。
インターンを通じて播州織に取り組む様子
播州織を取り扱うお店を取材
記事の構成作りなどを始めていくと、普段はファッションショーといった形で表現することが多く、今回のように決められた文字数の中で20人の考えるそれぞれの「播州織」を表現していく難しさがあった様子でした。
印象的だったのは、「記事に納得がいかないので、もう一度取材に行きたいです」と申し出があったこと。生徒の皆さんに、改めて「播州織」を見つめなおす機会にして頂きながら、心の中にある、播州織に対する熱い想いを感じた瞬間でした。
皆で記事のストーリーを構成