La vie est belle (ラヴィエベル) 。社名である「ラヴィベル」の由来になった言葉だ。フランス語で「ライフイズビューティフル」を意味する。「楽しいことだけでなく、辛いことやほろ苦いこともある。でも、だからこそ『人生は素晴らしい』と思える人を増やしたい。」と語る佳山奈央さん。自身が歩んできた「ラヴィ(エ)ベル」な日々と未来への想いを語った。
目次
子育て中も、罪悪感なく自分の時間を
「きれいになられましたね。」
美容室で髪を整え、預けていた子どもを迎えに来た母親に、スタッフが笑顔で声をかける。
「自分の時間を持つために子どもを預けることに、お母さんたちは罪悪感を抱きがち。後ろめたさを溶かしてあげるのは、こうした小さな積み重ねだと思っています。」
子どもにとって一番身近な大人である親が、やりたいことを諦めず幸せであること。そんな親の姿を見せることで、子どもも幸せになれる――。確たる信念のもと、事業に取り組む佳山さん。想いの原点は、自身の子ども時代にあった。
「私たち、産まれてきてよかったの?」
「お母さん、もっと自分のことを大事にしたらいいのに。」
佳山さんは、1歳下に双子の妹が、2歳下に先天性の障害を持つ妹がいる4人姉妹の長女。離婚後、たった一人で4人の子育てに向き合い、疲れ果てていた母親を見るのが辛かった。
「あなたたちのために、頑張っているんだから。」
折に触れて、こぼれ出る母親の言葉に、「私たちがいるせいで、大好きなお母さんが困っている。私たちは、いないほうがよかったのか。」と感じていた。母親とけんかになると、つい「産まなければよかったのに。」と口走ってしまうこともあった。
さらに、母親に迷惑をかけないことが物事の選択基準になり、自分がしたいことを選ばないくせが身についてしまった自分にも気が付いた。
「子どもの自己肯定感や価値観のベースが形作られる幼少期こそ、子育てに向き合う親が幸せでいられることが、子どもの成長にとってプラスになるのではと思うようになりました。」
さらにもう一つ、大学1年生だった佳山さんに、活動の原点につながる転機が訪れた。新たな命を授かったのだ。
周りを頼っても「かわいそう」じゃない
19歳で直面した予期せぬ出来事への戸惑いを、出産の決意に変える大きなきっかけの一つをくれたのは母親だった。
「産みなさい。産んで後悔することはないから。」
育児に疲れ、精神的に追い込まれていた時期があったにもかかわらず、はっきりと言ってくれたという。
未婚で母になる決心をすると同時に「子どもに対して、あなたを産んだせいで、やりたいことができなかったとは絶対に言わないでいよう。あなたを産んだから、私の人生が広がって楽しかったと言える日々を送ろう。」と覚悟を決めた。
勉強も、学費を稼ぐアルバイトも、学外活動も頑張っていた中、ある言葉に困惑することが何度もあった。生後3カ月から預けられて「かわいそう。」保育園で長い時間を過ごさせて「かわいそう。」母親と一緒にいる時間が短くて「かわいそう。」
「あなたのせいで、と自分の人生を諦めず、前向きに生きる姿を見せたくて頑張っているのに、なぜ『かわいそう』と言われるんだろう。」
育児を親が一人で抱え込まず、周りに頼ることができるよう、社会全体でサポートできないかと考えた佳山さん。一般企業への就職を経て、ラヴィベル株式会社を起業。子育て中の大人が、自分らしさを大切にしながら育児に取り組むことを応援する「おやこの世界をひろげるサードプレイスPORTO(以下、PORTO)」を開設した。
子育ては「こうあるべき」を変えたい
佳山さんがPORTOで実現したいのは、子育て支援の場所づくりだけではない。親を疲弊させる世の中の風潮を変えることだ。
「子どもを預けてまで、自分の時間をつくるなんて贅沢。」「子育て中は、自分のことを後回しにして当然。」など、様々な「こうあるべき」が、本を読んだり、コーヒーを飲んだりすることはおろか、トイレやお風呂、自分の食事さえままならない親たちに、たくさんのことを諦めさせてきた。
PORTOでは、「一時保育」や「室内遊び場」といったサービスや空間づくりを通じ、「『べき』に捉われなくていいんだ」と気づいたり、親が自分の生き方を犠牲にせず、周りに頼りながら心身ともに整える時間を手にすることで、穏やかに子どもに接する大切さを体感したりする機会を提供している。
「自分らしく、楽しく生きている親の背中を見せることで、子どもが幸せなれる。」「日本の子育てのしんどさを変え、生き生きと子育てに取り組める人でいっぱいにする。」
最近は、そうしたPORTOのコンセプトに共感した映画館や美容室、不妊治療クリニックといった企業との提携事業も増え始めた。こうした様々なコラボレーションにより、「発信機会をいただけることがありがたい。」と話す。
開設から3年、経営の厳しさに直面した時期には、本当に必要な場所なのか、自分がやるべきことなのかと葛藤した日々もあった。それでもなお、走り続けるのはなぜ?
子育て中の親こそ人生を楽しめる世界にしたい
佳山さんは「おかしいかもしれませんが、何となく、自分の使命のように感じています。」と答えた。
「苦労していた母を見ていたにもかかわらず、結果として自分も19歳でシングルマザーになるという選択をしました。母や家族も含め、たくさんの方に支えてもらいながら、こういう道を歩ませていただいたからこそ、見えたことや感じたことがたくさんあります。そんな私だからこそ、できることがあるのではないかと、与えられた役割を果たしている感覚です。」
最近、PORTOを利用した保護者から、「公共サービスの一つとして利用できるようにして欲しい」という声も上がり始めた。次の目標は、より広範囲にまんべんなく届けられるよう、パブリックに近づけていくことだ。
人生を広げるきっかけをくれた一人息子は、この春、中学生になる。
「私が頑張る理由というか、自分の人生を大切にしようと思わせてくれる存在ですね。」と言う佳山さん。しかし、それを口にすることで重荷にはなりたくない。
「『お母さんのために、生きてるんと違うし。』と言われそうだし(笑)、私も彼のためだけに生きているわけでもないですし、ね。」
彼への気持ちは、この先も内緒のままだ。