まちの屋台でコーヒーをくれた人、商店街の図書館で本を勧めてくれた人が、実はお医者さんだった――。
そんなユニークな活動を続ける医師がいます。発熱や風邪の診察、ちょっとした傷の手当てから、病気の相談、専門医の紹介まで、地元の開業医のような役割を担う総合診療医(*)守本陽一さん。コーヒーや本、アートといった面白いもの、楽しいもので、まちの人々と医療をつなぎ、あらゆる人々が健康で自分らしく生きられる居場所づくりに取り組んでいます。「ケアするまちをデザインする」というミッションに込めた、まちづくりへの想いをうかがいました。
*総合診療医:総合的な診療能力を持ち、初期の健康状態の把握や一時的な救急処置、また訪問診療などを行う医師。心理的・社会的な側面からも診察し、必要に応じて専門医に紹介する役割を担う。
目次
「命を救うだけが医療ではない」
人の生死に真摯(しんし)に向き合う姿勢に憧れ、目指していたのは救急医でした。「医者とは、救急医のように命を救うことが仕事だと思っていました。でも……。」
守本さんが選んだのは総合診療医。学生時代からの活動を通じ、自分が感じていた医師としてのやりがいに変化が生まれたからでした。
卒業後9年間は出身地の地域医療に従事するという大学のルールのもと、いずれ地元に戻ることになるなら、早いうちから地域での活動を始めようと思った守本さん。大学3年生の時に、任意団体を設立。但馬地域の医学生たちと共に、地域を回って課題を見つける地域診断という活動を、豊岡市を中心に行っていました。
活動を進めるうちに、病院の中での治療だけではなく、医師が地域に出ていくことで、医療をもっと身近なものにできるのではないかと感じるようになったと言います。
「救う、救われるということだけではなく、どうすれば病院にかからずにいられるのか、病気になったとしても、どうすればその人らしく過ごせるのか。そのためには、すべてを社会や制度に預けるのではなく、その人自身の中にあるものを引き出すことが大切なのではないかと、思うようになりました。そうした分野にも関わるためには、病気だけでなく心理面や社会的な背景も踏まえたうえで、その人らしくどう生きられるかまで診ることが求められます。それを行えるのが総合診療医だったんです。」
まずは、地域診断で見つかった課題の解決を目指そうと、健康教室を開きました。しかし、参加者はたった一人だけ。「医療の正しさを伝えるだけでは、人は動かない」と気づいた守本さん。楽しそう、面白そうという気持ちに寄り添うことで、まちの人たちと医療従事者との接点をつくろうと「モバイル屋台de健康カフェin豊岡(以下、YATAI CAFE)」という活動を始めました。
コーヒーと本から生まれる、人とまちと医療のつながり
「コーヒーを飲みませんか?」
声をかけられた人たちが、ちょっと不思議そうな顔で集まってきます。医療従事者が白衣を脱ぎ、移動式の屋台を引いて、まちかどでコーヒーなどをふるまいながら、地域の人たちと対話を行う「YATAI CAFE」。平成28年12月から月に一度、豊岡市の大開(だいかい)通りを中心に、商店街や公園、ときには演劇の公演会場などで開いています。世間話をするうちに健康相談に発展したり、居合わせた人たちの間で井戸端会議が始まったりする中で、まちの人が医療や地域とつながるきっかけをつくろうという取組です。
「YATAI CAFE」を続けるうちに、一定の場所にあり続けることも必要だと感じた守本さん。令和2年12月には、豊岡駅通商店街の空き店舗を利用したシェア型図書館「だいかい文庫」をオープンしました。定額の利用料で誰でも本棚一箱のオーナーになれ、自分の好きな本を並べて貸し出すことができます。店番は本棚オーナーたちが交代で行い、利用者は並んでいる本を無料で借りたり、新刊書籍の購入ができたりする仕組みです。
「だいかい文庫」を訪れるのは、本が好きな人たちだけではありません。障害者や不登校生、社会復帰を目指す休職中の人など様々。そんな「だいかい文庫」を、守本さんは「一人ひとりに合った『かかわりしろ』がある場」だと言います。
「『だいかい文庫』では、お客さんになってもいいし、貸し出しをしてもいい。店番という役割を持ってもいいし、ボランティアとして一緒に企画をしてもらってもいい。自分なりのかかわり方を選び、ほどよい距離感でかかわれる場にしてもらいたいと思っているんです。」
利用者の中には、店番の体験を復職へのワンステップにした本棚オーナーもいます。
「店番が地域との接点になったんです。図書館を社会復帰の場として使ってもらえたことが本当にうれしい。」と喜ぶ守本さん。本を媒体として、多様な住民の居場所をつくる拠点になってほしい――。思い描いていた図書館の存在意義が、想定した以上に育っていることを実感したからでした。そこには、まちと人をつなぐ「つなぎ手」でありたいという想いがあるのです。
孤独な人が自分の居場所を取り戻す「あいまいな場」づくり
「つなぎ手」とは、健康上の困りごとを相談する相手がいない人、引っ越してきたばかりの移住者、配偶者を亡くして一人になった高齢者など、孤独を感じている人たちに、それぞれが必要とする場を紹介する役割です。社会的処方と呼ばれるこの取組の一環として、「だいかい文庫」は、健康や社会的孤立・孤独の相談を受ける「居場所の相談所」という顔も持っています。
「自分は独りだと思うことが心身の健康に影響するため、孤独感の解消は医療としても取り組まなければならない重要な課題の一つ。なのに、孤独から抜け出し自分らしさを取り戻す場が、現代社会には少ないんじゃないかと思うんです。」と話す守本さん。自分らしさを取り戻す場、それを「あいまいな場」と呼びます。支援する側とされる側を明確な線で分けず、肩書きにとらわれない場。そんな場所として、「だいかい文庫」を提供したいと話します。
「図書館の店番、ただ本を借りる人、ただ読んでいる人という、ぼんやりした枠や、肩書きをずらした役割などの『補助線』を引いてあげることが大事な気がするんです。その補助線の存在を自覚せずに歩めるのが、『あいまいな場』です。例えば、店番を引き受けてくれる人は、障害者を支えようと思って店頭にいるわけではなく、訪れる人と本の話をしようとしているだけです。障害があっても本は紹介できるし、子どもが勧めてくれた一冊に大人が感動できる。それが自分らしさを発揮する活動になり、生きがいを持つことにつながるかもしれません。この図書館を自分の居場所にできるかもしれないし、支え合うこともあるかもしれません。今の社会は、管理され、きれいに整った庭園をつくろうとするため、雑草や規格に合わない花や野菜は刈られてしまいます。合わなくていいんだよ、いろいろな草が生えていいんだよという場。『だいかい文庫』を、そんな場にしたいと思っています。」
一方、医療者にとっては、地域へ出ていく機会が増え、地域を知るきっかけになると言います。
「病院ではリハビリが上手くいっていないけれど、家に帰ったらこんなに動けて、こんなにいきいきしているんだと、患者さんのことを学ぶ場になります。『もう充分生きたから死んでもいい』と言う人は、医療の力ではどうすることもできません。どうしたら寿命を延ばせるかが医療の第一義としてある中で、医療の役割はそれだけではなく、一人ひとりが地域の中でいきいきと生きるためにあるものだということを、示せるといいなと思っています。」
こうした取組の中で、失った社会とのつながりを取り戻していった高校生との、印象深い出会いがありました。
暮らすことで、誰もが健康になってゆくまちを目指して
ある日、病気の発症により学校に通えなくなってしまった一人の男子高校生が、「YATAI CAFE」のうわさを耳にした母親と共にやってきました。話し相手が医療従事者だという安心感から足を運ぶうち、「YATAI CAFE」で出会った医師や看護師、地域の人たちとふれあい、少しずつ地域活動に参加できるようになりました。そして、「僕も福祉の活動がしたい」と、大学へ進学する目標を持てるようになり、希望を叶えることができたのです。
「医療ではどうしようもなかったことを、場をつくったこと、場を使ってくれたことで解決できたうれしい出来事でした。行政のサービスや医療体制が充実したことで、今は住民が受け身になっていますが、医療福祉が不十分だった時代は、行政も住民も互いに支え合う関係でした。もともと地域コミュニティが持っている場の力を、もう一度地域に取り戻す時だと思うんです。」
その先で守本さんが叶えたいことは、社会的処方を行き渡らせ、すべての人が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる「地域共生社会」の実現です。
「経済指標では測れない新しい豊かさを求める声がある中では、どう自分らしく生きるかが大切なテーマです。誰もが自分の役割や居場所を持てるよう、医療福祉で背中を押せたらいいなと思っています。」
そんなまちをつくることを、守本さんは「デザインする」と表現します。
「今の社会は、受け取り手の意思に関係なく行われる支援が多い気がします。でも『みなさん、あまり元気に生きることができていませんね。もっといきいき生きましょう』なんて言いませんよね。本当に必要なお手伝いとは、暮らしていたら自然と健康になっていた、いきいきと生きることができていたと気づくための補助線を、さりげなく引くこと。それが地域づくり、すなわち、まちをデザインすることだと思っているんです。」
「この活動を、いちばん楽しんでいるのは私です。」と言う守本さん。豊岡のまちは、守本さんが自分らしく生きられる、守本さん自身の大切な居場所になっています。