コンシェルジュ。ホテルなどで宿泊客の相談や要望に応える、いわばよろず相談係のこと。
兵庫県姫路市家島にはなんと島全体のコンシェルジュを仕事にする方がいるという。
中西和也さんにお話を伺った。
家島の玄関口、真浦港には姫路港から高速船で約30分。船から降り立ったところで、中西さんにお会いする。
家島在住の中西さんは“いえしまコンシェルジュ”。コンシェルジュの名の通り、家島を訪れる観光客の要望に応じて、しま歩きガイドや体験プログラムを提案、提供している。
早速港で家島についてレクチャーを受ける。
「家島諸島には家島を含む44の島があります。そのうち、人が暮らしているのは家島、男鹿島、坊勢島、西島の4つです」
位置関係や人口などについて教わった後は、中西さんのガイドでまちを歩いてめぐる。
「みなさん離島と言えば、仕事は漁業か農業、建物と言えば木造の平屋や二階建てをイメージされますが、家島はちょっと違うんです」
そう。正面に見えているのは、一見小さな離島らしくない豪華なビル。
「古くは大阪城。近年では神戸空港、関空、中部国際空港といった空港を始めとする大型公共工事の基礎となる石を家島で採り、運んでいたんです。神戸の復興でも家島の石が使われています」。実は家島は採石と海運業で栄えた島。港にはクレーンや造船ドックが並ぶ。
港からすぐの、場所によっては車が1台通るのがやっとの細い道。
「ここが家島のメインストリート。道が細いから、家島の移動はもっぱら原付。中国やベトナムみたいでしょ」
朝どれの魚が並ぶ魚屋にも、まるでドライブスルーのように原付で買いにくる。
散髪屋さんをよくよく見てみるとなぜか釣り餌を販売している。島に一軒の本屋さんには文具や雑貨、さらに駄菓子売り場があり、島の子どもたちは買ったお菓子を食べながら座って本を読んでいる。さっと歩いただけでは見逃してしまうような、一風変わった島の暮らしぶりが中西さんのガイドで浮き彫りになる。
中西さんは言う。「家島を訪れた人は、ほとんどが魚を食べて、ぷらっとするだけで帰ってしまう。背景にある島独自の歴史や習慣、風習といったことを知る機会があれば、もっとおもしろさを感じてもらえるはず」
そうして約1時間半ほどの道のりをゆっくりと歩き、島の生活を見て回った。
中西さんのガイドにあるように、家島諸島を支える大きな産業は採石と海運業だ。
「裕福に優雅に生活させてもらってました」島の女性たちが運営するNPOいえしまの理事、長濱綾美さんは笑いながら最盛期の家島を語る。
今でも島の多くの人が海運業に携わる。が、当時に比べると島の景気は右肩下がり。「そこで妻たちが中心になって、もともとある商売を邪魔しないようなことを考えた。いわばすきま産業やわね」
特産品開発から始めたという活動には、島や人の魅力に惹きつけられ協力者が増えていく。そのうちに都市開発の研究者や著名なデザイナーまでもが参加し、全国からも注目されるユニークなプロジェクトが次々に立ち上がることになる。「私たちには何のこっちゃわからないこともたまにあったけど」と長濱さんは笑う。
“いえしまコンシェルジュ”も、そうして立ち上げられたプロジェクトの一つ。あまり観光が盛んでなかった家島でコンシェルジュを養成し、地域住民と一緒に新たな観光資源を発掘してもらうことで、島の観光を盛り上げようと企画された。
実は家島に縁もゆかりもなかった中西さん。このNPOいえしまの「いえしまコンシェルジュ養成講座」がそもそものきっかけとなっている。
中西さんは大阪生まれ。建築が好きで、大学でも建築学を専攻した。「建築は人の行動を作り出すもの。おのずと人の流れや集まりを生み出すことができる。いい建築は心地良いんです」と建築への思い入れを語る。
そんな中西さんは大学生の頃から、建築についてある一つの思いを抱いていたという。
「日本の人口は減っていく。建築士という仕事は必要なのか? お金をかけて新しい建物をつくることなんて、意味がないんじゃないか? 今思うと建築が好きやからこそ、そういう失望に近いものを感じていたのかも」そんな疑問に端を発し、建築だけでなく人口問題や都市環境、まちづくりといったものに興味が広がっていった。
「まちづくり活動についての情報を集めてる中で、NPOいえしまの取り組みを見つけた。離島で起こっている問題に対する取り組みが、面白いなと思ってたんです」そんなときに知ったのが先のいえしまコンシェルジュ養成講座。参加者を募っていると知り、応募した。
講座期間中は定期的に家島に通い、すっかり家島の魅力にとりつかれたという中西さん。
もっと知りたい、もっと知ってほしいという思いも手伝って、平成23年家島に移住。準備期間を経て、その年の秋“いえしまコンシェルジュ”としての仕事をスタートさせた。平成24年には年間で500名を超える観光客にしま歩きガイドを実施し、今年も半年ですでに約300名のガイドを実施しているという。
家島を知るために、時間があれば小学校のオープンスクールでもなんでも、地域に顔を出して話を聞くという中西さん。歩いていると子どもからおじいちゃんまで「なかちゃん」と声がかかる。
NPOいえしまのメンバーは冗談めかしながら言う。「なかちゃんはまだ頼りない。でも、えじま(家島)のこと私らよりくわしい。えじまのこと一番好きちゃう?」
「家島が好きだから、ずっと住み続けたい。」そのためには自分が食べていくために、島で働く必要がある。家島にとっても観光が持続的な産業のひとつとなるようにしていかなれけばならない。家島の魅力をいっぱいに引き出して、島の人たちと『仕事』をつくりだしていきたいと中西さんは考える。
「ガイドが付くのは初めの一回で十分。次に来てもらうときのことを考えないと」
今、中西さんは体験プログラムの開発に心をくだいている。
家島の魅力は一風変わったまちなみと新鮮な魚、そして何より「人」にあると中西さんは考える。これまでに作ったプログラムも、観光客と島の人が直接交流するものが大半だ。
おしゃべりしながらその日とれた魚を一緒に調理する「居酒屋まあみぃのたかちゃんと料理体験&簡単島ごはん」。新鮮な魚料理もさることながら、おっとりしたたかちゃんとの会話が目当てのリピーターがいるという。
またある時、家島リピーターのカップルが結婚を決め、島を訪れた。彼女を驚かせたいと、男性からサプライズ演出の相談を受けた中西さん。ぜひ島の人たちからのお祝いという形を表したいと、島の至るところで住民から彼らに祝福の花が1輪ずつ渡されるよう準備した。ふたりが家島を巡っているうちに、どんどん花が集まっていき、最後の1輪が男性から渡されることで、花束が完成するという仕掛け。大好きな家島の人たちからのお祝いに女性は驚き「こんなにみんなから祝ってもらえるなんて!」と涙したという。島の人たちの協力で、心尽くしのプレゼントを送ることができたと中西さんは振り返った。
今年3月には、家島小学校にて島のお祭り「いえしまーけっと」が開催された。これは島の高校生や女性たちとのつながりを生かし、彼らの魅力でいっぱいの島のお祭りを行いたいと中西さんが発案したもの。島グルメのお祭りと銘打ったこのイベント、NPOいえしま、家島高校や婦人会など家島の住民が中心となり「小さな島のゴロゴロえびカレー」や「島のおばちゃんたちがつくる朝どれ魚の家庭料理」など、島グルメの名にふさわしい料理が販売された。そのほか家島高校魚部(ぎょぶ)による初心者向け魚釣り教室なども開かれ、人口約3,700人の家島に島内外から約500人を集客、大成功を収めた。
次は、「いえしまダンサーズ」の結成を目論んでいるという中西さん。詳細はサプライズだから秘密だと笑う。
島の人たちと協力して、家島全体をアミューズメントパークに!というのが中西さんの野望だ。
「ぼくのやることを応援してくれる人は家島が好きで、お客さんが来ることを嬉しく思う人たち。だから心からのおもてなしができる。お客さんはその人たちに会いたくなってまた訪れる。素敵な循環、それを5年10年と続けて行きたい。
中西さんの好きな言葉は「笑顔」。
中西さんの笑顔が家島ファンを増やす。
【お詫びと訂正】初出時、「家島の石は伊丹空港、関空、中部国際空港といった
空港などの基礎に使用」としておりましたが、「神戸空港、関空、中部国際空
港」の誤りです。お詫びして訂正いたします。