快適な環境の元、アウトドアレジャーをリゾート感覚で楽しむグランピング。この新しいキャンプスタイルを古民家に取り入れ、アウトドアと日本文化を融合させた施設が、一棟貸切古民家宿「glaminka(グラミンカ)」です。「人が集まり笑顔が生まれる場所づくり」をコンセプトに、平成30年、元教員の大野篤史さん、大西猛さんの共同経営によりオープン。家族連れや大学生グループ、職場仲間といった様々な人たちが、山深い集落での穏やかな時間を求め、京都・大阪・神戸・姫路などから足を運びます。「自分がやりたいことにチャレンジを続けていたら、『地域創生』という言葉が当てはまっていた。」と語る大野さんに、glaminkaで続ける挑戦についてうかがいました。
神河町の高台にたたずむ古民家の縁側で、大野さんが目にしたのは、砥峰(とのみね)高原から伸びる絵画のような山並みでした。
「ぞくぞくするくらい素晴らしい景色でした。この空間で過ごす気持ちのいい時間を、多くの人に長く楽しんでもらうには、宿泊業が一番だと思いました。」
大野さんと神河町の出会いのきっかけは、趣味であるスノーボード。新しいスキー場が神河町にオープンすることを知り、足を運んだ大野さん。そこで感じたのは、他のまちとの空気感の違いだったと言います。 「移住者の多さや、新しいものを受け入れることに前向きな自治体の様子から、風通しの良さをまち全体に感じたんです。」
神戸からやってきた大野さんたちを、地域の人たちは温かく迎えてくれたと言います。予想外だったのは、そんな地域の人々とglaminkaの宿泊客との間で交流が始まったことでした。「ゆず狩りをしないか?」「柿狩りはどう?」「チラシでつくった手づくり作品をもらってくれない?」と、都市部からの宿泊客に気軽に声をかける地域の人々。宿泊客も地域ならではの温かさに触れ、楽しそうだと言います。
「アンケートには、『また泊まりに来たい』という声があふれています。そんなお客様の満足度を高めているのは、建物のデザインやコンセプトに加え、地域の人やglaminkaのスタッフとの交流だったんです。自分たちのアイデアを形にして、都市部からのお客様に楽しんでもらおうという想いでglaminkaをスタートさせたのですが、いざオープンしてみると、地域の方とお客様の交流を目の当たりにし、その交流こそがglaminkaの魅力の一つなのだと気付くことができました。」
そんな神河町でのオープンから2年。2棟目へのチャレンジを考え始めた大野さんに、知人が紹介したのが佐用町でした。
美しい砥峰高原の山並み
温かい神河町の人たち
大野さんが案内されたのは、10年以上も前から廃村状態だった佐用町若州(わかす)集落でした。
「高台から集落を眺めた時、たくさんの子どもたちが川で遊び、地域での暮らしを楽しんでいたであろう、かつての風景がパッと目に浮かんだんです。その瞬間、ここをもう一度人が集まる場所にしたいという想いが生まれました。一棟でも欠けるならこの場所でチャレンジするのはやめようと思えたほど、一つの風景としてできあがっていたんです。」
佐用町のプロジェクトでは、神河町で気づいた新たなコンセプトである「交流」を掲げ、6つの古民家をスタッフ棟や交流棟、4棟の宿泊棟に改装。最も特徴的なのは、東京、京都、神戸、岡山、福岡から集まった建築家たちと、学生たち30人がチームに分かれ、4棟の宿泊棟それぞれにチームごとのテーマを用意して再生させたことでした。
「集落の再生に興味があった人、集団生活に面白さを求めていた人、インターンとしての経験を積みたい人など、きっかけはバラバラでしたが、一緒につくっていくことに価値を感じる人々が集まってきたため、メンバーが放つエネルギーの渦とそこから生まれるパワーが、日に日に大きくなっていきました。」
全員が集落に住み込み、古民家の再生に取り組むこと半年。中には、小さなプロジェクトのリーダーになり、初めてひとつのことをやり遂げる経験をした学生もいたといいます。
「参加した誰もが『何度でも足を運びたいと思う場所になった』と言ってくれました。佐用町にそれだけの愛着を持ってくれたことがうれしい。リーダーを務めた大学生も、卒業した今でも連絡をくれたり戻って来てくれたりするんです。」
大野さんは「つくり方とデザインを工夫すれば、素人でもお客様に喜んでもらえる空間がつくれることを伝えたい。このプロジェクトが、集落再生を目指す他の地域の、ひとつのきっかけになればいい。」と話します。 実は、このDIYプロジェクトがglaminkaの大きな転機になっていたのです。
DIY前の若州集落
元の形を生かしつつ、姿を変えた若州集落
最初からDIYに挑戦しようと思っていたわけではなかったと、大野さんは言います。
「神河町の1棟目の古民家再生は、自分が考えたデザインにするには資金が足りなかったんです。自分たちの体を使うしかないと決心し、解体したり石を運んだりするうちに、つくっていく行為が楽しくなっていきました。この楽しさはたくさんの人にも伝わるのではないかと思い、ワークショップという形で多くの人と一緒に作業をすることにしたんです。」
このプロジェクトを通じ、「何をつくるのかと同じくらい、どうやってつくるのかに価値を感じた。」と大野さんは言います。
「私たちの想いは、人が集まる場所をつくり、地域に根付くこと。人を巻き込んで一緒につくることで、たくさんの人とのつながりが生まれます。自分が関わった建物には、愛着だって湧きます。その場所にどれだけ愛着を感じてもらえるかがキーになる地域創生と、たくさんの人とつながり、愛着を持ってもらうことができるDIYプロジェクトは、相性がいいと確信できました。関わった人とのつながりという価値や、一人ひとりの心に生まれた連帯感や達成感という価値、そこからできた価値ある建物をお客様に楽しんでいただくことで、また新しい価値が生まれる。いわば価値が連鎖していく様子を見ていると、ワクワクする気持ちしか湧いてこないんです。」
さらにこの集落再生の途中には、「glaminka最大のピンチもあった。」と大野さんが振り返った、新型コロナウイルスの影響によるプロジェクト断念の危機が発生。しかしDIYプロジェクトは、そんな危機からもglaminkaを守り抜くことになりました。新型コロナウイルスが日本にも多大な影響を与えることが明らかになり始めた頃、すでに佐用町での再生プロジェクトは始まっていました。
「6棟もの古民家を再生するために、相当な覚悟で取り掛かっていました。宿泊業としてお客様を呼べる状況にはない未来が待っているのではないか、止めたほうがいいのではないかと、プロジェクトリーダーたちと何度も話し合いました。」
そんな状況下にあっても、集まっていた人たちのエネルギーが、大変な勢いで渦巻いていることを肌で感じていたと言います。
「年齢も性別もバラバラな30人もの大人が、全員で一つの方向を向いてイキイキと一生懸命に頑張っている姿は、そう簡単に想像できない光景でした。進んでいる時間だけをとらえて未来を見ると、どうなっていくのかわからない状態でしたが、集まってきた人たちが放つエネルギーの渦からは、いい未来しか見えませんでした。DIYプロジェクトを通して見えた、未来に賭ける決断ができた結果、今のglaminkaがあるんです。」
DIY作業中の様子
エネルギー溢れるDIYプロジェクト作業メンバー
今年度glaminkaでは、新たなアイデアとチャレンジが生まれています。例えば、県立佐用高校農業科学科の生徒たちと一緒に取り組む、佐用町の地域資源を活かした活動プロジェクトです。他にも、交流の場と機会をつくるため、子どもたちのキャンプ企画や、お墓参りに帰省した人たちがコーヒーを楽しむ空間づくり、筍掘りや魚釣り、味噌づくりなどのワークショップやイベント開催などを、地域の人たちと一緒になって始めたいと話します。
「私たちが交流を大切にすることで、『glaminkaに来てよかった』『また会いたい』という想いがお客様に生まれます。その想いの先に『佐用町に行こう』という気持ちが育まれ、地域創生につながっていくのだと気付いたのです。人の笑顔が生まれる場所づくりという信念の元、地域の人たちに参加していただきながら、自分たちにできることを積み重ねていったら、いつの間にか地域創生に取り組んでいたという感覚です。私たちの事業の目的は、地域にとって素敵な場所になること。それが『地域創生』という言葉になっているだけだと思っています。glaminkaが佐用町を知るきっかけになったり、glaminkaがきっかけで佐用町の方々が笑顔になってくれたらうれしいです。」
新しいアイデアに取り組み、やり切るためには、覚悟と共に楽しいと思える気持ちが必要だという大野さん。常にフルパワーで挑み続けていくことで、どんな困難があっても乗り越えていけると語ります。 「glaminkaとしても、glaminkaの枠を超えた場としても、アイデアを出しながら自分の力を試していきたいと思っています。一年後の自分がどうしているか、何をしているかはわかりません。そのわからないことに、私自身が一番ワクワクしているんです。」
自然豊かな佐用町
川遊びができる場所も