吉井あゆみさん(60歳) 朝来市
猟師
大阪市生まれ。猟師だった父の影響で自身も20歳で狩猟免許を取得し、30歳前後に朝来市へ移住。狩猟の獲物は個人で所有する施設で解体し、飲食店などに卸す。ときには北海道まで狩猟の遠征に赴くことも。命あるものに敬意を払い、必ず自身も食するのがモットー。兵庫県猟友会会員、害獣捕獲指導員、兵庫県嘱託犬指導員
藤岡啓志郎さん(31歳) 多可町
農家/株式会社AgLiBright(七代目藤岡農場)代表取締役
1994年に西脇市生まれ、多可郡多可町で育つ。関西学院大学大学院で予防医学の研究をする中で食と農に関心を持ち、中退して就農を決意。最先端の農業を学ぶべく渡米。帰国後2019年に農場を設立。農薬を使わないなど環境保全型農業に取り組み、にんにく、丹波黒大豆、酒米の生産を行う。狩猟免許も所有。
竹中太作さん(56歳) 姫路市
漁師/坊勢漁業協同組合 代表理事組合長
1969年姫路市家島町坊勢生まれ、幼少時より漁師だった父の姿を見て育つ。中学生の頃から手伝いをしつつ漁師の道へ。海の現場で経験を積み、43歳のときに坊勢漁業協同組合の役員に手を挙げ、2022年組合長に就任。地域漁業の振興と漁業経営の安定化に取り組んでいる。兵庫県漁業協同連合組合会理事、海区漁業調整委員会の一員。
かつての自然とは、ちがう

狩猟と農業と漁業。
兵庫県の食の最前線で、日々自然と向き合う3人の生産者が一堂に介した。
県北中部、但馬地域に位置する朝来市から、猟師の吉井あゆみさん。
(「すごいすと」2013年7月25日掲載)
北播磨地域に位置し、県のほぼ中央にある多可町からは、農家の藤岡啓志郎さん。
(「すごいすと」2024年11月26日掲載)
瀬戸内に浮かぶ坊勢島(姫路市)からは漁師の竹中太作さん。
自然と対峙することは、今も昔も変わらない。けれども、ここ数年で地球のご機嫌が変わってきた。兵庫県も例外ではなく、さまざまな危機に直面している。
耕作放棄地が増え、山と里との境目がなくなってきたことで、朝来市やその近隣地域でも野生動物の目撃数は増加。農作物が荒らされるだけではなく、人身被害ももたらしている。
年々拍車がかかる温暖化は、酒米の王様「山田錦」発祥の地・多可町でも影響を及ぼす。イネが十分に実らない、黒大豆の実入りが悪いなど、収量に直結している。
播磨灘では、カタクチイワシやイカナゴ漁が盛んだが、ここ数年は高水温と栄養塩不足の影響で不漁続き。2025年はいかなご漁の解禁からたった二日で終漁となった。
3人が直面している現状とは―。
歴40年の女性ハンター

朝来の山に入る。銃や仕掛けの罠、水などの必需品を携行すると、ときに10kg近くが体にのしかかる。重装備をたずさえ、急な斜面やでこぼこ道を、木々を縫いながら獲物を追う。鳥のかすかな鳴き声の変化を感じ取り、木のかげで息を潜めて獲物の気配を待つ。下りてきた風にわずかな獣臭を感じ、風の吹いてきた方向にアタリをつける……。
朝来市の猟師・吉井あゆみさんは、そういった五感を研ぎ澄ませることが、猟師には不可欠だと話す。
鹿や猪を獲り、ただちに所有する解体施設で処理し、飲食店などに卸す。兵庫県では、毎年11月15日~翌年2月15日(※)が狩猟シーズンだ。ただ現在は、豚熱という感染症対策のため、数年前から猪の狩猟には制限があるので鹿がメイン。
猟師だった父の影響もあり、20歳で狩猟免許を取得して以来、相棒の猟犬とともに獣たちと“駆け引き”を重ねている。狩猟期以外は10名ほどのチームを組んで、有害鳥獣捕獲のため、市の害獣対策員として駆除や防除にあたる。
※ニホンジカ及びイノシシは翌年3月15日まで
地元を守るため環境に配慮する農家

多可町の藤岡啓志郎さんは、大学で未病研究を進めるうちに食と農に興味を持ち渡米。アメリカで最先端の農業に触れ、七代目として農家を継ぐことにした。
幼い頃、当たり前のように見かけた赤とんぼや蝶々などを見かけなくなった、その寂しさに似た危機感もあり、有機農業など環境保全に配慮した方法を採用している。また、地域に増え続ける耕作放棄地も積極的に活用しながら、ニンニクや米、黒大豆の栽培に取り組んでいる。品目によって繁忙期が異なるため、農家同士でスタッフをシェアして助け合うこともあり、農業には協調性が大切だと考えている。
漁師の島で海に身を捧ぐ

坊勢の竹中太作さんは、幼少期から漁師だった父の手伝いをして育ち、その流れで漁師になった。52歳で坊勢漁業協同組合の長となり、現在約400人の漁師を束ねる。
坊勢島は、姫路の南西に位置する播磨灘にあり、44の島からなる家島諸島のひとつ。800隻以上という日本一の漁船数を誇る漁師の島。小型底びき網を使った漁がメインで、鯛やカレイ、エビ、カニなどを獲る。1年を通してさまざまな魚種が水揚げされる一方、昔はよく獲れていたイカナゴやアナゴ、シャコが今では激減。鯖や牡蠣、海苔などの養殖にも力を入れる。また、海に栄養を戻したり、海底ゴミを拾ったりするなど、海を守る活動にも身を投じている。
そんな彼らに、明らかに以前とは異なる「今」の話を聞いた。
閑話~off-topic~
私たちの地域のおすすめスポット(写真上)朝来市の藤棚、(同左下)ラベンダーパーク多可、(同右下)坊勢の海神社 吉井
「朝来市で有名なのは竹田城跡ですが、私のもう一つのおすすめは「白井大町藤公園」の藤棚。白、紫、ピンク色など100本もの樹が500mくらいずらりと並んでいて、とても立派なんです」藤岡
「ラベンダーパーク多可の5、6月は一面紫色の花が見頃。園内で味わえる地元の卵かけごはんがおいしくて、花見ついでに立ち寄ります」竹中
「安全祈願のため毎朝訪れる「海神社」、別名・神権(じんごん)さん。海に突き出た小島に朱塗りの橋が掛かっていて、渡った先に漁師の守護神が祀られています。潮の満ち引きで眺めが変わるんですよ」
さらに深掘り-Q&A-
――2025年は獣害が全国的に大きなニュースとなりました。

- 吉井
- 獣害について先日、近くの農家さんが「自分の農地以外が耕作放棄地になっていっている」と話していたんです。昔は山のふもとに田畑が広がっていて、人間の居住エリアとの境目になっていたのに、それがなくなったもんだから、熊や鹿なんかが山から降りて、容易に里に入ってきてしまう。田畑の役割って大きいなと思います。
- 藤岡
-
私が耕作放棄地でニンニク栽培をしている理由がまさにそれ。地域の人たちから耕作放棄地の相談を受け、5ヘクタールほどを野生動物が好まないニンニク用農地にしています。多可町も獣害の多い地区ですから、私自身も地域を守れるようにと狩猟免許を取り、有害鳥獣駆除員として週末など山に入っています。高齢化も進んでいますし、微力ですが力になりたいと思って……。
私の地区では30代の自分が一番若くて、60、70代の定年退職した方が多い。そういった方々が引退されたら、どうなるんだろうという危機感があります。熟練の方々に今のうちに指導してもらえることは引き継いで、自分が次の世代に渡せたらと思っています。ですが、なかなか、入ってこない……。
- 吉井
- 若い人は普段本業があるから、急に「駆除して」と声が掛かっても動けないし、一番層の厚い高齢の方々には体力的に難しい現場もある。そうなると、私たちみたいな中間層が駆り出される。しかも私は比較的自由に動ける個人業だから、「30分ほど待ってもらったら行けます」となって。動ける人に偏りがあるのが実情です。
- 竹中
- 数年前、家島諸島には本来いないはずの猪が見つかったんです。誰が調べたのかわかりませんが、DNA鑑定の結果、小豆島から泳いで渡ってきたと判明して驚きました。もはや、山だけの問題ではないです。
――獣害のほか、どんなことに自然の厳しさを感じますか?

- 藤岡
- 近年の夏の暑さは一番堪えます。毎日熱中症とのたたかいです。水不足になると稲は育たないし、黒豆の実も大きくならない。そしてカメムシの被害。本来は冬の寒さで淘汰されるはずが、暖冬のため越冬して作物を狙うんです。私は有機栽培も行っているため、地域の方々と話し合いをして、どの農地で有機的な管理をするかを決めています。化学農薬の使用が禁止されていますので、抵抗のある農家さんもおられるんです。
- 吉井
-
山は涼しいと思われがちですが、早朝でもすでに暑い!木々が生い茂っているので、熱風を吸い込むような感覚になって、むせるんです。息ができないこともあります。
猟犬が熱中症と水不足でひっくり返ってしまうので、犬の水分補給には気を付けています。谷川で水を飲ませようと連れて行っても、干上がっていることもあるので、水は多めに1~2リットルくらい背負って山に入ります。
- 竹中
-
船上は海面からの反射がきつい。昔は朝から晩まで漁に出ていましたが、最近の夏場は朝早くに出港して、昼頃には帰港しています。水深20~30メートルでも30度近い水温になるんですよ。
猛暑の影響でイカナゴだけではなく牡蠣の不漁もニュースになっていましたが、暑さで牡蠣のエサであるプランクトンが死んでしまったことも一因です。適度に台風が来れば、海水温をかき混ぜてくれて海底の栄養が表層にも循環されます。
「豊かな海を取り戻そう」と、漁師みんなで協力して海底のごみを拾ったり、海底耕耘(かいていこううん)といって、専用船で海底を耕して栄養を循環させたり、海に不足している栄養分を補うために、肥料を撒いたりしています。
――そんな状況でも今の仕事を続けられている一番の理由はなんでしょう?

- 藤岡
- 農家って、季節を感じられるいい仕事だなとつくづく思うんです。種をまいて芽が出る瞬間がたまらない。植物の生命力に心から感動します。自分が世話をした作物を収穫し、消費者の方に喜んでもらえるというサイクルに幸せを感じています。天候によって生育状況は変わるので、水や肥料を与えるタイミングも変わってくる。「どないしたら、うまくできるようになるんやろう」って考える面白さがある。大変なことは多いけど、それを上回る楽しさがあります。
- 竹中
-
「育てる」喜びはたしかにありますね。私も養殖魚や海苔がうまく育ったとき、藤岡さんと似たような感覚になりますから。
漁で言うと、「あそこに魚がおりそうや」という勘が当たったときはアドレナリンが出るっていうんですかね。純粋にうれしいです。魚群探知機などのデータも参考にしますが、そう簡単にうまくいくものではない。親父や自分の若い頃は、「漁師になるなら勉強せんでも、魚さえ獲ったらええ」と言われるような時代だったけど、実はめちゃくちゃ頭を使う。潮の流れや海の色など、刻々と変わる海の様子も見ながら、当たりをつける。4、50年のベテランでも 「漁師はいつまで経っても一年生」と言うほど。だからこそ、当たったときの喜びは大きい。それ以外はしんどいですけどね。夏は暑いし、波もある、シケもありゃ、冬は寒い。
- 吉井
- 狩猟に夢中になったのは、愛犬が、飼い主である私が獲物を捕らえたときに喜んだから。それが、自分の喜びへとつながり仕事にしました。40年近い狩猟の日々を重ねて、朝来の山は「ここにあった木が倒れている」とわかるくらい、どこを歩いても土地勘がはたらきます。だからといって、いつも獲物に出合えるとは限らないし、同じシチュエーションは二度来ない。向こうは命を懸けているから、動物には失礼かもしれないけれど、私は駆け引きだと思ってるんです。“なるほどね、そこを踏むのか。じゃあ、今度はここに石を置いてみるか”とか、努力し続けるのも面白い。一方で、命をいただくわけなので、感謝の意味を込めて、狩猟の獲物は一口でも必ず自分で味わいます。
- 竹中
- 生まれたときから漁が身近にありすぎて、「命をいただく」という感覚、マヒしていたかもしれません。たしかに、ものすごい数の魚を日々獲っているので、仮に小さくとも多くの命ですよね……。そういえば、ときどき魚を締めるとき、「グーグー」と鳴くことがあって。「生きている」ものに手をかけてるんだと、ハッと我に返ります。
――若い担い手不足も共通の課題ですね

- 藤岡
- 多可町の農家の平均年齢は70歳を超えていたと思います。しかも、兵庫県の農業従事者の7割が兼業農家。専業で生計を立てるのは簡単ではないです。
- 吉井
-
私の所属する有害鳥獣駆除のチーム10名のうち、20代と40代が1名ずついますが、残りは60代以上です。少し前までは80歳以上のメンバーも在籍していました。
20代っていうのは、私の娘。子どもの頃から一緒に猟に出ていこともあって、市の特別職員として勤務しながら有害鳥獣駆除員として携わっています。狩猟だけで生計を立てるのは大変なので、そういう立場で兼務する選択肢も、若い人の一つのモデルケースになるかもしれません。
- 藤岡
- 私は若い世代が就農できるよう、2026年春から研修生を受け入れます。専業農家ではなく、半農半X(はんのうはんえっくす)で、「もっと気軽に農業しよう」「趣味でもいいから農業を」、いう声も聞こえてくるのですが、そんなに簡単な世界じゃない。「好き」じゃないと続けるのは難しいと思っています。地域の未来を見据えて「プロ農家」の育成に力を入れていきたい。
- 竹中
-
「好き」という気持ちは重要ですよね。うちにも、若い方からたまに「漁師になりたい」という問い合わせが来るんです。直接話を聞きに来られた方もいらして、熱意を感じました。でも、具体的に仕事内容や夏の暑さなんかの現実を伝えると、だんだん口調のトーンが下がっていくんです。移住したあとで「思っていたのと違う」となると申し訳ないですから、包み隠さず話します。それでも「やりたい!」という気持ちのある人は続くし、人のアドバイスを素直に取り入れられる人は成長します。
うちの島には、ピーク時の2002年頃には600名もの漁師がいたんですよ。そこから20年ほどで400名ほどに減ってしまった。現在はインドネシア人の留学生が100名くらい来てくれていて助かっています。なり手を増やすためにはがんばった分の対価がもらえること、ビジネスとして成り立つということをもっと知ってもらう必要があります。
――最後に。みなさんの仕事や食文化を次世代につなげていくことについて、お聞かせください

- 藤岡
- 全国的に有名な酒米「山田錦」が生まれたのが多可町。誇りに思う伝統的な作物を守りつつ、新しいものを生み出すことも必要かなと思っています。兵庫県が約10年かけて開発し2025年秋に発表した「コ・ノ・ホ・シ」という、暑さに強い新品種の米があります。そうやって時代や環境に合わせた新品種を模索していきたいですね。
- 竹中
-
ただ魚を獲る仕事、という認識しかなかったけれど、以前、兵庫県水産漁港課の方に「あなたたちの仕事は国民の胃袋をつかんでいるので、誇りを持ってください」と言ってもらい意識が変わりました。
漁獲量が減っている魚種もありますが、坊勢で揚がった魚に自信を持っています。サバは播磨灘で獲ったイワシをエサにして、大きな生け簀で自然に近い環境で育てているんですが、「ぼうぜ鯖」として商標登録を取得していて。身に弾力があってプリプリしているんですよ。もっと認知度を高めていきたいところです。
- 吉井
- もはや一人ひとりの発信や取り組みだけでは難しい。地域全体で考えたり、行政にもサポートしてもらったりしながら解決策を見つけたい。以前、齋藤知事が各地域の県民と意見交換をする「躍動カフェ」に参加して、地域の課題解決のためアイデアを出し合いました。私たちのチームは農業・漁業・狩猟の異業種間で協力して情報を発信したり、それぞれの体験ツアーをしたりするのがいいんじゃないかと盛り上がりました。たとえば、一泊二日の農業体験のうち数時間を狩猟の現場を知る機会に当てていただけたら、狩猟を知るきっかけになって、ハードルが低くなると思うんです。
環境の変化。危機感の向こうにある覚悟

3人は、自然や動植物を相手にしているから、誰よりも環境の変化に危機感を抱いている。
でも…
藤岡さんは「うまくいかなかったときは、過去の自分と比べて反省し、次はどうしてやろうかと、考えます。決してほかの農家と比べることはしない。だから、悲観的になることはないし、自分の考え一つで幸せは勝ち取れる」と、明言する。
吉井さんは狩猟を「博打みたいなもの」と表現する。人間が育てたり増やしたりできる相手ではないからだ。それでも、その“賭け”に勝つための策を練っている時間が大切だと話す。
根っからの海の男、竹中さんは、魚を獲る、育てるだけではなく、目下「守る」活動にもいそしむ。「自然を相手に人間ができることは限られますが、できることはなんでもしようって思ってやっています」、それが、漁師として生まれたものの使命だからと。
覚悟の持ちようと行動力は、想像以上だった。そして、一様に明るい。
取材場所協力:MOWA(神戸・六甲山のワークスペース)
取材・文:シキタリエ・笠原美律

