伊丹市昆陽池(こやいけ)公園を会場に、平成26年9月から始まった無料野外音楽フェスITAMI GREENJAM(伊丹グリーンジャム)。数々の有名アーティストによるライブから、子どもたちがつくるキッズエリアまで、様々な表現を集めた関西最大級規模(*)のイベントです。
子ども連れの若い母親たちが小学生時代の担任教諭と偶然の再会を喜び合ったり、主催者の奮闘に触発された若者が地元伊丹でのUターン起業を果たしたり、市民が主体の地域イベントならではのエピソードも豊富な中、主催者である大原智さんはイベントの開催を「地域へのお返し」と語ります。音楽やアートを通じて、大原さんが地元伊丹で実現したい夢をうかがいました。
*地方で開催される無料の野外音楽フェスティバルとして関西最大級規模。令和3年10月2日(土)・3日(日)、伊丹市昆陽池公園にて2年ぶりの「ITAMI GREENJAM’21」の開催が予定されていたが、【時期未定の延期】となっている。
きっかけは、「勘違いしてしまったこと」と笑う大原さん。
「バンドマン時代の所属先の代表者が無料音楽イベントを立ち上げ、どんどん大きく育てていく様子を間近で見ているうちに、『自分にもできる』と思ってしまったんです。」
「自分たちの手で、フェスをやろう!」と賛同する仲間たちにも背中を押され、地元伊丹での音楽フェスの開催に向けて動き出しました。
「伊丹市は市民活動が活発な地域なんですが、郊外の活性化のためや10代や20代の若い世代が関わる様なイベントは行われていませんでした。昆陽池公園は伊丹駅周辺の市街地からは離れていますが、地理的には伊丹市の中央にあり、日常的に3世代が利用している場所。地域課題解決への挑戦として、機能するのではないかと思いました。」
準備に取り掛かった大原さんでしたが、昆陽池公園の使用許可を得るため、東奔西走の数カ月を過ごすことになりました。
まずは、フェスの開催がもたらす地域への効果を資料化し、行政にプレゼンテーション。「地元自治会や周辺住民の了承が得られるなら」という開催条件をクリアするため、最後に地元説明会を開催。ようやく昆陽池公園の使用許可を手にすることができたのです。
「昆陽池公園の使用許可が下りないのなら、フェスはやらないと決めていました。自分たちの頭の中には、公園の中で開催するフェスのイメージができあがっていたんです。」 こうして平成26年9月28日、無料音楽フェスGREENJAM~昆陽池フェス~(平成28年よりITAMI GREENJAM)を開催。昆陽池公園のステージから初めてギターの音が響き、夢が現実のものになった瞬間、実行委員たちと共に目頭が熱くなったと言います。終わってみれば、来場者は予想をはるかに超える6,000人。初めての音楽フェスは大成功でした。
「当初、フェスを継続することは考えていなかったんです。でも、この1年目が絵に描いたようにうまくいったことで、調子に乗って『2年目もやろう!』と続けることにしました。」 ところが、準備に取りかかった大原さんは、ある違和感を抱えることになりました。
初めてのGREENJAM開催に準備を重ねる皆さん
当日は6,000人もの来場者が
「やりたいからやる。」という衝動で突き進んだ1年目を終え、夢をかなえてしまった大原さんは、2年目を開催する理由がないことに気づいたのです。実行委員たちの様子も、楽しそうだった1年目とは異なり、気持ちが乗り切っていない雰囲気を感じたと言います。
「みんなを苦しめているんじゃないのか。」という辛さと迷いの中で終えた2年目。来場者は前年よりさらに増え、1万人にまで達した中、「どうして初回から6,000人もの来場者があったのだろう」「なぜ手伝ってくれる人や関わる人がどんどん増え、イベントがこんなに大きくなっていくのだろう」と考え初めた大原さんは、一つの答えにたどりつきました。
「来場者が喜んでくれるのは、実行委員メンバーや協力団体が手掛けてくれたステージの装飾の美しさや、出店ブースの楽しさでした。それらをつくっている人たちこそ、この音楽フェスの主役なのだ。みんながいる伊丹という地域だから、このイベントは成り立っているのだと痛感したんです。」そんな気づきをみんなに伝えたいと、GREENJAMのタイトルに「ITAMI(伊丹)」を加えた3年目は、台風で中止に。リベンジを誓い、初めて2日間の開催を予定した4年目も、再び台風の影響により初日が中止。風雨が収まった後、2日目の開催のため設営の手伝いをSNSで呼びかけたところ、深夜12時にも関わらず100人以上もの人が駆けつけ、3日間を予定していた会場設営が10時間で完了し、翌朝10時のイベント開始に間に合わせることができたのです。
「イベントのタイトルに、ITAMIを加えたのは間違っていなかった。」と実感した大原さんは、もう一つ大切なことに気づきました。
「ITAMI GREENJAMに参加している人たちは、生き生きとした、いい顔をしているんです。みんなが求めているのは、自分たちの表現を持ち寄って楽しむ場であること、そんな場が大きな価値を持っていることを知りました。この時からITAMI GREENJAMは、みんなの表現のプラットフォームだと考えるようになったんです。」大原さんの中に、開催し続ける理由が生まれた瞬間でした。
その後も毎年開催を続け、6年目の令和元年には2万5千人が来場するまでに成長したITAMI GREENJAMでしたが、令和2年は新型コロナウイルス感染拡大の影響から、昆陽池公園の閉鎖に伴い開催中止を余儀なくされました。
カラフルで目にも楽しい出展品や装飾
来場者が1万人まで達した2年目のGREENJAM
「ITAMI GREENJAM」として初めての開催、設営のお手伝いに集まってくれた皆さん
「もし今年もITAMI GREENJAMが開催されるなら娘の吹奏楽の発表の場を、つくっていただけないでしょうか?」
コロナ感染拡大による緊急事態宣言が発出された令和2年春、そんな問合せが実行委員会に相次ぎました。大原さんは、プロミュージシャンの参加は見送り、地元市民たちによる音楽演奏やキッズダンス、アート作品の展示などを中心とした代替イベントの開催を決意。「ローカルフェスティバル 祝祭の再興 ITAMI CITY JAM(伊丹シティジャム)」と名付け、会場を市内3ヵ所に分散させるなど、感染予防を徹底した中で催しを行いました。
市民によるパフォーマンスや、発表の場を提供したことへ届けられる感謝のメッセージに触れるうち、実行委員たち自身が改めて「市民の表現のプラットフォーム」というITAMI GREENJAMの意義に納得し、存在価値を深く感じ取ることができたと大原さんは言います。
「コロナ禍にあっても、表現したいと思う気持ちを前向きに発信したかったんです。イベントに関わる人々が、自分たちで何かを表現している瞬間に、いい顔をしていることが、『なんて豊かなんだ』と感じていました。この豊かさって何だろうと考え抜き、行きついた答えは、現代美術家ヨーゼフ・ボイスの提示した「社会彫刻(*1)」という概念に基づく文化表現(*2)の価値でした。その概念とは『自ら考え、自ら決定し、自ら行動するすべての人は芸術家であり、その創造性によって豊かな社会をつくるべきだ』というものですが、フェスに関わるすべての人が『芸術家』であり、それこそが文化表現の持つ価値なのだと気付いたのです。アートや音楽といった文化表現は、『あなたはこれを、どうとらえますか?』という問いかけと共に、私たちの目の前に示されるもの。そのとらえ方は、それぞれの人の考えや決断、行動に委ねられています。それは『みんな違ってみんないい』という多種多様性が尊重されたり、自分の頭で考える機会がどんどん少なくなったりしている現代において、とても大事なものだと思っています。」
さらにこれから大切にすべきものは、本質的な豊かさだと話す大原さん。
「社会的に意義のあることをしているにもかかわらず、経済面で合理的じゃないから機会を喪失し、解決できていないものはたくさんあります。例えば、文化表現を通して子どもたちの力になりたい人はいるのに、経済合理性が低いという理由だけで、その力を提供できず課題の解決に取り組めないなんて、もったいないですよね。そうした課題へのアプローチが本質的な豊かさだと思いますし、アプローチしていきたいと思っているんです。」
文化表現の価値を伝え、豊かな社会づくりに活かすため、大原さんは新たな取組に挑戦しています。
*1社会彫刻:「すべての人間は、自らの創造性によって社会の幸福に寄与しうる芸術家である」という考え方
*2文化表現:音楽、美術、映画、文学、演劇、ファッションなど、あらゆる文化創造活動を通して自己表現を行うこと
イオン内で開催されたITAMI CITY JAM
感染対策も入念に
「文化表現を用いて、自分たちの生活空間を自分たちで豊かにするための仕組みをつくる。」
一般社団法人GREENJAMが、掲げているミッションです。 その仕組みをつくるため、新たに始めた取組の一つが、自然エネルギーの普及を目指す電力小売り企業との協働プロジェクト「GREENJAMみらい電気」。電気を利用することで、利用料金の一部が各地域の文化活動や文化事業の活動資金へ充てられるというものです。地元伊丹のダンススタジオやスケートボード団体などが、この仕組みを活用しながら、子どもたちに無料教室などを提供。「本質的な豊かさ」へのアプローチが始まっています。
大原さんにとっては電気事業と同様に、ITAMI GREENJAMもミッションを達成するためのビジョンの一つ。表現したい人のために、これからも場をつくり続けたいと話します。
「自分にとってITAMI GREENJAMを開催することは、地域へのお返しでもあります。伊丹というまちを、自分の手で面白くするんだと思って始めたフェスでした。でも、続けることができているのは、伊丹のみんなが大きな力を貸してくれたからであり、開催した地域が伊丹だったからということに後から気付きました。自分にとって伊丹という地域は、『まち』という概念ではなく、関わってくれる『人』すべてという感覚。ITAMI GREENJAMを開催できるのは、そんな人たちのおかげです。人からもらった愛情へは、お返しがしたいんです。」
そんな大原さんが、自分たちの生活空間を自分たちで豊かにするための仕組みづくりを実現するために描いているのは、自分たちのまちをつくることです。
「既存のまちをどう良くしていくかというまちづくりではなく、ゼロからまちをつくること。生活インフラである電気事業を立ち上げたり、現在は、次世代の表現者たちに空きテナントや空き家のサブリース(*)を行う、不動産事業の立ち上げ準備をしています。自分たちで考え、自由に表現していく場は、イベントで実現できています。それを開催日以外の363日間にも再現するためのまちづくり。本当にできるんじゃないかと思っているんです。」
*サブリース: ビル、マンション、アパートなどを一括して借り上げ、入居者へ転貸する事業形態
GREENJAMらしさが残るみらい電気のロゴ
GREENJAMみらい電気を活用し、行われた無料教室の様子
スケートボード教室も開催