「今、振り返ってみると、高校生にはなかなか無謀なチャレンジだったと思います。」
笑顔で話す多田実乘さん。いじめや虐待、貧困から子どもたちを救うための団体を立ち上げようと決めたのは、大学受験を控えた高校3年生の秋のことでした。
「あの時、始めたおかげで、たくさんの子どもたちと出会い、多くの支援者の方々と関わることができました。やってよかったと思っています。」
「思ったらやる」という行動力で、団体をけん引して8年。現在130人の登録ボランティアと共に、学習支援をはじめ、食育ひろばの運営、遊びと学びの居場所づくり、子ども支援情報の発信、体験イベントの実施、社会課題の啓発など、多彩な活動を展開しています。さらにコロナ禍での新たな支援として、中高生の学習・進路の悩みに応じるオンライン相談事業「Step Link(ステップリンク)」や、生活困窮家庭のための「生活支援デリバリー」を開始。活動のスタートから決して揺らぐことのない子どもたちへの想いを、お話しいただきました。
「子どもたちのためになる選択は、どっちだ?」 迷った時、悩んだ時、スタッフたちの意見が異なる時、多田さんはいつも最後に、そう自分に問いかけます。一度として揺らいだことのない想いと共に、活動は9年目を迎えました。
立上げのきっかけは、多田さんが高校1年生だった平成23年、学校で手にしたオレンジリボン(*)でした。いじめや虐待で自ら命を落とす子どもたちの報道を目にし、子どもたちのために何かできることはないかと思い始めていた時でした。
「こんな活動があるんだ」と気付いた多田さんは、オレンジリボン運動や小児がんなど難病支援の啓発活動として、街頭で手づくりのチラシ配布をスタート。3年生になり「もっと活動を広げたい」と、同級生に「活動団体をつくろう」と声をかけました。
「9月の模試当日の朝でした。友だちは『おもしろそう、ええんちゃう!?』って賛同してくれましたが、先生からは『今じゃなくてもいいのでは?』と止められました。受験に支障のない範囲で活動することを約束して、友人2人と共に任意団体兵庫子ども支援団体を立ち上げました。」
平成26年、大学生になった多田さんは活動を本格化させてゆきました。神戸市のNPO法人が行っていた、ひとり親家庭の子どもたちに向けた学習支援活動に参加。
「ちょっと反抗的な小学生もいると聞いていたんですが、実際に接してみるとかわいい子どもたち。週に一度、私が行く日を待っていてくれました。」
平成27年6月には、「子どもたちが安心して過ごせる居場所づくり」を目指し、明石市で貧困世帯・ひとり親世帯の子どもたちに向けた学習支援事業を、自らの団体で開始しました。
「宿題を済ませた子どもたちに配るプリントを、いつも捨てて帰る子がいたんです。『家に持ち帰っても、お母さんは見てくれないし、捨てられるから』って。他にも、学校で先生から『バカ』と言われている子や、勉強をするのがイヤな子など、いろいろな子どもたちと接することで、自分のことを他人に認めてもらう場所が大切なんだと感じました。」
子どもたちへの支援に取り組みながら、「自分たちの活動の目的って何だろう」「子どもたちの何になっているんだろう」と、自問自答を繰り返していたという多田さん。「自分たちにできること」を見つけるための転機が訪れたのは、平成28年秋のことでした。
*オレンジリボン:子ども虐待防止の象徴。オレンジリボン運動とは、オレンジリボンをつけることで、子ども虐待防止の意思を示すとともに関心と賛同を広げていく市民運動。
駅前で行われていた手作りチラシの配布活動
学習支援事業の様子
「若者たちが積極的に取り組む活動を評価しました。」
平成28年10月、多田さんたちのもとへ「第10回よみうり子育て応援団大賞」奨励賞受賞の知らせが届いたのです。
「自分たちが取り組んできた活動を認めてもらえたこと、このまま進んでいいんだと勇気づけられたことで、NPO法人化を目指すきっかけを手にできたんです。」
こうして平成29年1月、NPO法人兵庫子ども支援団体を設立。4月には、小学校教諭として新たなスタートを切った多田さん。日々子どもと関わる教育現場の真っただ中で、それまで気付かなかった社会課題と向き合うことになりました。
「NPO活動で関わる子どもたちは、ほんの一握り。学校では30人いれば30人の家庭環境と向き合います。学校以外での学習支援が必要だけれど受けていない子ども、受けたい意志はあっても通えない子どもがいる。見えていなかった現実を実感し、課題がいっそう鮮明化された気がしました。」
その現実の一つが、支援活動の地域格差でした。
「手厚い支援を行っている地域がある一方で、消極的な地域もあります。また生活環境の違いが、子どもたちの発達や学力の差になっていることも感じられました。そうした子どもたちを引き上げるためにも、この活動を兵庫県下に広げていかなくてはいけないと思っています。」
団体の多岐にわたる活動の中で、設立時からの中心的な取組のひとつが学習支援です。経済的、家庭的な事情により十分な学習が困難な、小学4年生から中学3年生まで15人の子どもたちが、明石市内だけではなく神戸市からも毎週土日に訪れます。最近は、当初の経済的理由による学習支援から、不登校や発達に課題を抱える子どもたちへの支援も増えていると言います。
「学力向上だけでなく、コミュニケーション力を身につけるためのグループワークなども取り入れ、心を育て生きる力を身につける場を目指しています。」
令和2年には、高校生向けの学習支援もスタート。小学生からの一貫したサポートのもと、進学・就職まで支援する体制を整えました。
また、学習支援と共に体験活動も重視。理科への関心を高めるためのサイエンスイベントや、耳が不自由な方たちによる人形劇公演の鑑賞など、子どもたちが自ら経験する機会を提供しています。
そしてもう一つ、柱と呼ぶべき事業が「食育ひろば ひなた」と名付けたこども食堂です(新型コロナウイルス感染拡大の影響で、令和2年3月以降休止、令和3年12月現在、活動再開に向けて準備中)。
「お腹を満たすためだけではなく、食育の場としても必要だと感じていました。」と言う多田さん。お箸の持ち方指導から親子での調理体験まで、保護者も支援の対象に入れた居場所の提供を重視しています。
どの活動も目的は一つ。家でも学校でもなく、子どもたちが安心して通える「第3の居場所」をつくること。そんな目標を見据えた活動は、通える場所を「帰れる場所」へ育てていきました。
「第10回よみうり子育て応援団大賞」奨励賞を受賞したときの記念写真
体験活動の一環で始めたサイエンスフェス
学習支援を受け高校に進学した子どもたちの中から、チューターとして学習を指導するスタッフに回る子どもが現れるようになりました。支えられた子どもたちが、支える立場になるという温かいサイクルが、少しずつ回り始めたのです。
そんな中、多田さんが「最もうれしかった」と話す印象深い出来事がありました。
ある日、高校卒業まで学習支援に関わってきた、元不登校生から連絡が入りました。
「通信制の高校を卒業して専門学校に進学したが、大学に入り直したい。どういう勉強をすればいいか教えて欲しいと相談してきてくれたんです。卒業後も、私たちのことを仲間として頼ってくれたことが、本当にうれしかった。頼れる人がいることを子ども自身にわかってもらえたこと、私たちのやっていることが子どもたちの将来に役立っているんだと思えたことが、何よりうれしかったんです。」
学校の勉強についてゆけず、進学をあきらめたり退学の道を選ぶ子。生きづらい生活環境に苦しんでいる子。支援を必要としている子どもたちの背景が、ますます多様化していると話す多田さん。
「子どもたちが大人に求めているのは、自分を理解してくれることだと思うんです。例えば、学習支援では勉強を教えなくてはいけないと思ってしまいますが、子どもたちの中には、そこにいてくれるだけでいいと感じている子どももいます。自分の話にただ耳を傾け見守っていてくれる大人や、一人の人として接してくれる大人を欲しているんだと、子どもたちに接して気付かされたことでした。」
設立以来、「子どもたちのためにできること」を模索し続ける中、多田さんには決して揺らぐことのない想いがあります。
子どもたちを支えるチューターという役割
食育ひろばでご飯を食べる子どもたち
子どもたちが笑って過ごせる地域とは?
「“笑って”とは、あらがえない環境下で抑えつけられたり我慢させられたりせず、過ごしていて楽しい、居心地がいいと感じられること。子どもたち自身が、自分を出せる場所だと思っています。そんな地域の中で育てられた子どもたちは、大人になった時、そんな“場所”を継承したりつなげてくれたりすると信じています。これからの地域を支えていくのは子どもたち。みんなで子どもを育て支援することは、地域社会の財産をつくることです。その支援を広げていきたい想いは変わりません。」
活動を広げていくにあたり、多田さんがこれから目指すのは、支援の地域格差を少しでも減らすことです。そのためには、自分たちだけではなく、県下全体で活動している多くの団体と、協力や関わり合う機会を増やすこと。さらに、周りに知ってもらうことだと話します。
「私たちの活動に関わってくださる方は、入り口が学習支援という人が多く、今の日本の子どもたちの現状や背景を知らない方もいらっしゃいます。私たちの団体だけではなく、地域には様々な活動をされてる人々や団体が存在していることを知ってもらうだけでも、現状を変えることにつながるのではないかと思っています。活動を知ることで現状がわかり、現状を知ることで自分が子どもたちにできることが見えてきます。視野を広げなければ何も始まらないと思うんです。ニュースになっていることは身近に起こりうる、実際に起こっているっていうことに思いを致してほしい。知らないと、特別なことに思えてしまうんですよね。知るって大事なことです。」
子どもたちに関わり続け、成長や変化を目の当たりにしてきた多田さん。
「必要とされている仕事であること、必要としている人がいることがわかっているし、実感できる。だから応えたい、どうにかしたい。その想いが、私を動かし続けるエネルギーなんです。」
(文/内橋麻衣子 動画/三好幸一 )
スマホも駆使して、説明を分かりやすく
居場所の1つである「ビーンズテラス」で自習をする子どもたち