踊るえびす様、変わる人形座

スポットライトの中、福を呼ぶ戎人形が舞い踊る。
三味線とバイオリンがアップテンポなメロディをかき鳴らし、島のダンススクールの子どもたちで結成された「福神笑舞」のメンバーがキレキレのバックダンスで華を添える。戎様と子どもたちがまとうのは、淡路島に伝わる藍染めとタマネギ染めで作られた衣装だ。
2025年9月、淡路人形座の初オリジナル楽曲「戎~next stage~」が披露された。
作曲は南あわじ市ふるさと応援大使のバイオリニスト・益子侑氏。古来より豊漁や航海の安全を願い受け継がれてきた人形浄瑠璃「戎舞」をもとにして、SNSで大バズりしたダンス動画のエッセンスを加えた楽曲に、客席は手拍子と歓声というこちらも人形座初の観劇スタイルで応えた。
実は今、淡路人形座は存続の危機を覆すため、激流のような変化の中にいる。
淡路人形浄瑠璃の危機

「もしかして、ほんまにやばい?」
コロナ禍をどうにか乗り越え、淡路人形座60周年の節目を目前にした2021年の冬ごろのこと。資金難や観客数低迷を打開できず、公益財団法人淡路人形協会(以下、人形協会)が淡路人形座の運営から手を引くと知らされた。
淡路人形浄瑠璃は、500年以上の伝統を持つ国指定重要無形民俗文化財だ。江戸時代には島内に40以上の人形座があり、島から全国へと興行に出ていたと言われている。しかし娯楽の増加と共にしだいに人々の関心が薄れ、昭和の中頃には消滅の危機にさらされる。芸を後世に残すため生まれたのが「淡路人形座」だ。今では島唯一の人形座、つまり伝統を受け継ぐ唯一の存在として専用劇場で興行を行ってきた。
その場所が、なくなるかもしれない。
淡路人形座 改革前夜


太夫を、三味線を、人形遣いを、芸を究めたくて一座に入った。やればやるほど人形浄瑠璃の奥の深さに魅せられていき、終わりのない研鑽をやめることなんてできなかった。まるで人形に選ばれ、呼ばれたかのように「人生の中で唯一続けられたのが人形浄瑠璃だった」と座員たちは口をそろえる。劇場公演を重ね、師匠や先輩と稽古に邁進する日々。この当たり前の毎日がいかにありがたい環境だったのか、コロナ禍での公演中止や「もうお手上げ」状態の人形協会の様子でやっと気付いた。
先人たちから受け継いだ芸を実直に磨いていれば、伝わると思っていた。違う。どうすればみんなが見に来てくれるのか、自分たちが本気で考えなくては。
前回「すごいすと」に登場(2019年1月25日掲載)してから6年。コロナ禍を経て現在までの変化と取り組みについて、副支配人の人形遣い・吉田千紅(よしだせんこう)さんと、企画・広報担当の太夫・竹本友里希(たけもとともりき)さんに伺った。
閑話~off-topic~
淡路人形座 それぞれの役割吉田千紅(写真右)「2025年春、座員に役職がつきました。まず『失敗してもまた次がんばろう!と励まし合える人に任せたい』という、株式会社うずのくに南あわじ宮地勇次社長の意向で私が副支配人に」
竹本友里希(写真左)「うずのくにと人形座の意思疎通をしやすくし、運営をスムーズに回すために、社長と年齢や感覚が近い若手の中から千紅を登用したのかな、と感じています。私は企画・広報担当。SNSのバズりを途切れさせてはいけないと、プレッシャーを感じる日々です(笑)。他にお稽古の差配をする技芸部長に三味線奏者の鶴澤友勇(つるざわともゆう)、物販担当に人形遣いの吉田廣の助(よしだひろのすけ)などが就きました」
千紅「公演の制作や宣伝広報など、『お客さんに来てもらう』ために座員が主体的に人形座の運営に関わることが増えたので、役割分担を明確にするという意図もあるのかな。……とはいえ、私たちは元々師弟関係や先輩後輩の上下関係を主とする技芸集団。集客方法も組織としての正解もよく分からないので、みんなして『やれー!いけー!』と手探りしながら進んでいます」
さらに深掘り-Q&A-
──人形協会が運営を退いた経緯と、今の淡路人形座の状況を教えてください。

竹本友里希(以下、友里希)「人形協会が退いた経緯は、実は詳しく知らないのです。でも何年も経営難だとは聞いていましたし、専用劇場と座員を抱える運営の負担が大きいのは想像できる。未来に人形浄瑠璃を遺すための決断だったのではないかと思っています。人形協会と南あわじ市が相談する中で、協会は後継の育成に集中し、淡路人形座の興行は地元企業である株式会社うずのくに南あわじ(以下うずのくに)に運営を託せないかという話になりました」
吉田千紅(以下、千紅)「正式に合併する1年ほど前の2023年ごろから、飛田俊紀会長(当時は社長、現・淡路人形座責任者)が人形座に顧問として度々来館し、『来てくれた人が何を求めているのか、何を楽しいと思うのか、普段の公演中も、出張中もしっかりアンテナを張って感じ取らなあかん』と繰り返し諭されたんです。私たちは今まで、師匠や先輩のお手本を追いかけて芸を磨き、脈々と受け継がれてきた古典作品を正しく上演することが大切だと信じてきました。心のどこかで、この良さが分からず見に来ないほうが悪い、なんて意識もあったかもしれません。けれど、それでは伝統芸能の敷居は高くなり、観客との距離は近づかない。運営元が変わるという大きな出来事を経て、座員全員が『お客さんが見に来たいと思えるものは何か』という視点を持つようになり、新作の制作や広報活動といった人形座の運営に関わるようになりました」
──広報活動の一環として近年はSNSに力を入れ、Instagramでは10万人超のフォロワーを獲得しています。手ごたえはいかがですか。

千紅「観に来られる方の層が変わりました。ファミリー層やデートなどで来られる若い方が増え、老若男女幅広い世代が来てくれるように。特にSNSの力を実感したのは2023年夏に特殊頭(とくしゅがしら※)や女性の泣き方といった人形の豆知識解説動画がバズったあと。子ども向けの演目『ももたろう』を始めたこともあってか、子どもが親を連れてきてくれているな、と感じるようになりました」
友里希「小さなお子さんが飽きてしまって騒いだり、寝ちゃったりということも以前はあったのですが、『これ、動画で見た!』とすごく興味を持って集中して見てくれるようになったね」
千紅「Number_i(なんばーあい)さん(日本のダンスボーカルグループ)のダンス動画がSNSでバズったら、ファンの方が全国から来てくれるようになったし」
友里希「Number_iさんがSNS上で開催していた2025年夏のダンス動画コンテストで優勝したのですが、顔出し出演していた人形遣いの吉田史興(よしだしこう)、吉田廣の助(よしだひろのすけ)、吉田松永(よしだしょうえい)のおっさんズに会いに来てくださったり(笑)。本来、人形浄瑠璃の主役は人形で、人間は黒衣(くろこ)なので自分たちにファンが付くという発想が薄かったのですが、おかげで座員が表に出ることへの抵抗感が和らぎました」
千紅「ちなみに2023年からは淡路島在住の動画クリエイター、根市凌さんに企画・撮影・編集をサポートしてもらっています。ダンス動画などコミカルに見せるものは気楽に、豆知識の解説などは私たちの持つ芸をきっちり見せて、と見せ方を分けています」
友里希「月曜・火曜・木曜は座員自身が公式SNSに投稿。週末投稿の根市さんプロデュース動画との違いも楽しんでみてほしいです」
千紅「ネタを考えるのも大変ですが、反響があるからSNSの発信も頑張れています」
※特殊頭:仕掛けレバーを引くと女性が嫉妬で蛇に変わったり、切られ役の顔が真っ二つに割れるなどの大きな変化が起こる人形の顔のこと。
──「お客さんが見に来たいと思えるもの」をという意識を座員の皆さんが持つことで具体的には何が、どのように変わっていったのでしょうか。

千紅「座員の意識も急に変わったわけではなく、少しずつお客様の視点を理解していき、結果として通常公演にバックステージツアーを追加するなど上演内容を変えたものもあります。でも分かりやすいのは、2023年夏に初演した夏休み親子劇場『ももたろう』でしょうか。古典作品中心に上演してきた我々にとってはものすごく大きな出来事だったんです。以前の夏休みって、目の前の『うずしおクルーズ』は大盛況なのに人形座はガラガラなのが当たり前。そんな状況に私たちも慣れてしまっていたのですが、これじゃだめだ、夏休みのファミリーや子どもたちに来てもらうにはどうしたらいいんだとみんなで考えて創ったのが、お子さんにも見やすく分かりやすい人形浄瑠璃『ももたろう』です。多くの人が見に来てくれ、人形座もやれば集客できるという成功体験を得て次に繋がっていったように思います。
また、2024年の淡路人形座60周年シーズンも大きかった。これからもこの地で人形浄瑠璃をやっていく上で、南あわじの皆さんに愛される人形座でありたいと『この島で これからも』というスローガンのもと、年間を通してさまざまなイベントを開催したんですが、準備を通じて座員の連帯感が強くなった」
友里希「そうやね。中でもファン感謝祭はクイズ大会や撮影会など座員にフォーカスした内容で、チケット完売で立ち見も出るほど。特に浄瑠璃が元となっている地元の祭りの唄『だんじり唄』を披露すると大盛り上がりでした。『人形が出ないのに、お客さんを呼べるんか?』と懐疑的だった座員も、自分を含めた人形座を愛していただいているのだという実感が湧いたようです。それからは全員が新しいことや運営にも積極的になったように思います」
──伝統芸能は変わらないこともまた価値。変化に抵抗のある人々もいたのでは?

千紅「正直、芸事に集中していたいと座を離れてしまった座員もいました。『受け継いだ芸を守っていくんだ』という気持ちが強いほど戸惑ったでしょう。何作も並行して新作の準備やお稽古が進むなど、急激にスピード感が上がったのでベテラン勢は慣れるまできつかったんとちゃうかなぁ。でも、コロナ禍や人形協会の件を経て、浄瑠璃ができなくなる危機感は全員が持っていました。だから『今までは誰かがなんとかしていたけど、今回はほんまにやばいで』という会長の言葉を真剣に受け止められたのだと思います。人形浄瑠璃を守るには一心に芸を追求することもまた必要で、正解です。私は人形浄瑠璃を知っている私自身が、お客様に来てもらう方法を考えることが必要だと思ったからくらいついているだけ」
友里希「実は最近、『やっと話聞いてくれるようになったなぁ!』って地元の方や観光関係の方に言われることも多くて。上演内容や広報のしかたなど、これまでにも人形座を盛り上げるためのアイデアを提供しようとしてくださっていたようなんです。『いかに見たいと思ってもらえるか』に座員の意識が変わり、内部の役割分担を整えたことで、人形座に外からのアドバイスを受け止めて実行する余裕もできたのかも。私たちが見えていなかっただけで、淡路人形座を大事に思ってくれている人がこんなにたくさんいるんだな、と実感しています」
千紅「人形座を案じてくれる人が多いのは、今まで、地域の催しへの参加や地元小学校での出前授業、全国への出張公演を通じて南あわじに人形浄瑠璃文化をこつこつ浸透させてきた先人の功績。どんな立場の人もみんな淡路人形浄瑠璃が大好きなのは同じだから、今の人形座も受け入れてもらえているんだと思います」
──これからの活動予定や目指す方向は決めていますか?

千紅「私たちのホームはいつでも、先人から受け継いできた淡路人形浄瑠璃の古典作品。初めて人形浄瑠璃を見た人が、『一周回って本物の伝統芸能を見てみたい』と思ってもらうための呼び水がSNSやエンタメ的作品なんやと思っています」
友里希「ダンスや新しい作品も、今までつないできた芸の技術が見えるからこそ面白い。ある歌舞伎俳優さんが『型があるから型破りができる』とおっしゃっていたのですが、淡路人形座も同じです。根幹の芸は今もこれからもきっちり大切にしていきます」
千紅「自分たちがメインで演じる『若手会』などの活動を経て、自分のことだけじゃなく次の世代にどうバトンを渡すかも大事だと考えるようになりました。芸をやりたい子が安心してこの世界を目指せるように、淡路人形座に入れるようにしなあかんなって。今日本の多くの伝統芸能は、資金面や集客に苦しんでいます。淡路人形座が取り組んでいる集客や地域での芸の継承方法が、伝統芸能の一つのモデルケースになりたい。あとね、3歳になる姪が人形浄瑠璃大好きで、公演も何度も見に来てて、『人形遣いになる!』って言うんです。今までやったことがないことへの挑戦も多くて大変ですが、その一言で次につなぐために頑張ろうと活力が湧いてきます」
人形に選ばれし者の使命

「淡路人形浄瑠璃を次の世代につなげることは、座員全員の使命やと思っています」
磨いた芸は、誰のためのものか。
目の前の観客を楽しませるためのものであり、人形浄瑠璃に親しんできた南あわじの人々のものであり、芸を追いかけたいと願う後継者のものでもある。
500年変わらず受け継がれた、愛する芸が500年後にも残って愛されていてほしい。
だから自分たちのスタンスを変え、本気で「魅せること」に一座全員で取り組み始めた。
さあ、次にできることは、何だ。
閑話~off-topic~
後世に残したいひょうご飯① ~ハムサラダ~幼いころから慣れ親しんだハムサラダ。長い付き合いのお二人も、お互い知らないこだわりが明らかに 千紅「ポテトサラダをハムで巻いて、衣をつけて揚げた“ハムサラダ”、このあたりではよく食べますよ」
友里希「お弁当にも入れたりね。うちはお昼ごはんによく出るかなぁ」
千紅「うちは夕飯が多いわ。私はキクカワストアーのが一押し。ポテサラにきゅうりが入っていないから!あったかいきゅうりって許せる?」
友里希「うーん、私はきゅうり入り好きやから、吉田精肉店のが好き」
千紅「え~!吉田精肉店はコロッケが一番やろ!」
友里希「そやね、あそこコロッケもおいしいよね~」
千紅「南あわじだけでなくて他の地域にも存在するローカルフードだそうですが、私たちや地域の人にとってはソウルフードの一つやと思っています」
取材・文 鈴木茉耶

