目次
ランニングで防犯活動!!
安心して暮らせる伊丹のまちを
「パトラン」でつくりたい
ランニングで防犯活動!!
安心して暮らせる伊丹のまちを
「パトラン」でつくりたい
今日、私たちの身のまわりで発生しうるひったくり、自転車盗、車上ねらいといった街頭犯罪は、平成30年には年間約30.8万件と、1日あたりおよそ844件発生している(警察庁 平成30年の犯罪情勢より)。
こうした危険から住民を守り、誰もが安心して暮らせる地域をつくろうと生まれた活動がある。
まちをランニングしながらパトロールする新しいスタイルの防犯活動「パトラン」だ。
全国各地に広がる中、平成29年10月、全国で8番目、関西初のチームとして「パトラン チーム伊丹」が誕生。
20代の大学生から60代の社会人まで22名のパトランナーたちが、子どもも女性も高齢者も安心して歩ける地域をつくるため、今日もまちを走っている。
【パトラン】:平成25年、福岡県宗像(むなかた)市にある「NPO法人改革プロジェクト」が始めた、夜間に地域を走って見回る防犯パトロール。
全体を束ねるパトランJAPANには、全国36都道府県で11チーム1,500人を超えるメンバーが在籍している(平成31年3月末現在)。
犯罪なき世の中の実現と共に、健康な毎日や人との繋がりを手にする場、社会に貢献している自分を誇らしく思える場を目指し、それぞれの地域でパトロールを続けている。
*「パトラン」とは防犯パトロールとランニングを掛け合わせた造語
全国にいる仲間との交流から誕生したチーム伊丹
真っ赤なTシャツやジャンパーがひときわ鮮やかに浮かび上がる。
「こんにちは!」
パトラン チーム伊丹のメンバーたちが、すれ違う人に元気よく声をかける。
「みんなでパトランTシャツを着て走りながら挨拶をすると、見ず知らずの人も『ありがとう』『ごくろうさん』って返してくれるんです。この喜びを知ると、やめられなくなります。」とチーム伊丹の岩佐光哲(みつあき)代表は語る。
チーム伊丹が誕生したのは、今から2年前。伊丹市在住の現メンバー、やまぞの有理さんが、出張先の栃木県でパトランの活動に出会い共感。一人で始めたパトランの様子をSNSで発信していたところ、投稿を目にした前代表の増井宏倫(ひろのり)さんが賛同。
一緒に走り始めたのがきっかけだった。
その後、SNSで活動を知った岩佐さんや、増井さんの呼びかけに応じた菅原充代さんたち5人でチームを結成。
伊丹市内だけでなく、芦屋や西宮、宝塚など近隣からも共感した人たちが少しずつ加わり、現在22名が所属。
毎月「8」の付く日に集合しパトロールランニングを続けている。
犯罪なき世の中の実現と共に、健康な毎日や人との繋がりを手にする場、社会に貢献している自分を誇らしく思える場を目指し、それぞれの地域でパトロールを続けている。
「パトランが面白いのは、全国にいる仲間と交流ができること」という岩佐さん。
メンバーの中には、転勤先の北九州で活動を始めた遠藤哲(さとし)さんや、愛知県で開催されたマラソン大会でパトランを知った今中明弘さんなど、県外での出会いが参加に繋がった人も多い。
中でもパトランJAPANが運営に関わる大阪マラソンには、今年全国から50名のパトランナーが集結。
大会後の交流会で親交を深め合うなど、パトランを通じた人の輪が全国に広がっていくことも魅力だ。
こうしたコミュニケーションは、活動の楽しさであると同時に、日頃のパトロールにおいても欠かせない取り組みの一つになっている。
防犯活動はコミュニケーションだ!
パトランでは、速く走らないのがルールだ。
チーム伊丹では、道を歩く人に積極的に挨拶をしながら、およそ5㎞の距離を約50分かけて走る。
その挨拶の仕方も独特だ。
まず隊列の先頭にいるメンバーが、「こんにちは」「こんばんは」と挨拶をする。
次に列の中央で「パトロールしています」、最後尾では「お気をつけてお帰りください」とそれぞれ声をかける。
「声をかけられた人は、挨拶をされてびっくりした後、私たちがパトロールをしていることに気づき、自分に気を配ってくれたんだとわかると『ご苦労様』って声をかけてくれるんです。」と岩佐さん。
走り始めて1年ほどは、「こんにちは」「こんばんは」と挨拶をするだけだったため、返事が返ってくることはなく、みんなわき目も振らずすれ違っていくだけだったという。
「続けるうちにコツがあることに気づきました。コミュニケーションをとろうとする気持ちが、大切だったんです。『パトロールしています』『お気をつけてお帰りください』って声をかけるようになってから、挨拶を返していただけるようになりました。」
大きな声での呼びかけにより、パトロールに回っている地域だと知らせることができ、車上荒らしなどの抑止力にもなる。
最近では、犯罪が発生した場所を重点的に走ることで、そのエリアでは同じような犯罪が無くなったという。
そんなチーム伊丹の活動に誰よりも早く注目したのは、地元の伊丹警察署だった。
地元の警察官たちもパトランナー!?
きっかけは、チーム伊丹の結成から約1カ月が過ぎた頃、活動をテレビ番組で紹介されたことだった。
放送を観た伊丹警察から活動の連携を提案され「安心安全PRサポーター」を委嘱されたのだ。
「一日の勤務を終えた後、有志の署員の方々がパトランTシャツを着て私たちと一緒に走ってくれるんです。情報提供だけでなくランニングにも参加してくれるのは、全国でもおそらく伊丹警察の方だけです。」と岩佐さん。
パトロール以外でも、伊丹市が主催するロードレースでは、警察チームがパトランTシャツを着て走ったり、警察署が開催した振り込め詐欺撲滅イベントにチーム伊丹のメンバーが参加するなど、官民連携による防犯活動が展開されている。
その伊丹警察が岩佐さんたちに期待していることの一つが、息の長い活動だ。チーム伊丹ではそのために、無理をしない活動を大切にしている。
菅原さんは「ランニングは、ごはんを食べることと同様に生活の一部です。仕事や家事のすき間時間を見つけて毎日走っていることが、たまたま防犯活動になっているだけ。チームでの活動に参加できない日も、自分の空いている時間に家の近くを回ればいいという、無理をしない活動なので続けられています。」と言う。
さらにもう一つ、できる人ができることを率先して行おうという意識を持つことだ。
「今日のコースは自分が先頭を走ろうとか、SNSへの投稿は自分が書こうとか、それぞれができることに主体的に取り組んでいます。自分たちで活動内容を決め、自分たちの責任において活動する力の強さが、継続に繋がっていくのだと思っています。」と言う岩佐さん。
日々の活動ぶりからうかがえるチーム伊丹の特色は、取り組む姿勢にもしっかりと反映されている。
戦略と目標で強いチームをつくる
真面目さと冷静さ。それがチーム伊丹の特色だと語る岩佐さん。
チーム活動を続けていくための戦略を毎年きちんと立て、メンバー全員で実践している。
「始めた当初は、つい頑張り過ぎていろいろなことに手を出したくなります。でもそこをグッと抑えて、ステップを踏むことにしました。
1年目は、敢えて活動エリアを拡げずに毎回同じコースを走ることで、近隣の人たちに私たちの存在を知らせることにしました。すると挨拶を返してくれる人が増え、少しずつ認知されていったんです。
2年目は、コースを2カ所、3カ所と増やし、伊丹市内で知っていただく地域を広げていきました。
3年目の今年は、警察署やSNSなどで得た事案発生場所を走るようにしたり、防犯ネットの情報を拡散したり、自分たちから市民にアプローチすることを始めています。
目標を立てて地道に取り組むことが、活動の継続やパトロールの成果に繋がると考え、実行できていることが私たちの強みだと思っています。」
そうした努力の結果は、まずメンバー自身の変化となって表れていた。
みんなのチャレンジ精神を育てるパトラン
一つは日常生活でも、社会貢献への意識が高まったことだ。
「自転車に乗りながらスマートフォンを操作している人、タバコの吸い殻を道路に捨てる人に注意するようになった」という遠藤さんや、「ランニング中に街路灯が切れているところや道路の危険個所を見つけると、役所に連絡して改善をお願いしています。不法投棄のゴミを見つけたと連絡した2日後には撤去されていたこともありました。まちの安全に役立っていることを実感しています。」という今中さん。
さらに、警察署からの情報提供に触れる機会が増えたことで、防犯への意識も高まったという。
「もともと、防犯意識が高い人たちばかりがパトランに参加しているわけではありません。こうやって集まったからこそ意識を持つようになれたんです。」という岩佐さん。そこにはパトラン活動の特徴が大きく関わっている。
「パトランに参加するきっかけには、防犯パトロールというボランティア活動と、ランニングという趣味の二つの入口があります。ボランティアには興味があるけれど、走ることには関心のない人。ボランティア活動より、一緒に走る仲間づくりがしたい人。本来は交わることのない人たちが一緒になって活動に取り組むうちに、興味がなかったお互いの分野にもだんだん意識が向いていくんです。」と遠藤さん。
中には、まったく走れなかったのに、メンバーがマラソンに挑戦する姿を見て、一年後のマラソン出場を目標に掲げた人や、ランニング中に公園に落ちているタバコの吸い殻を拾うことが、日課になったという人もいるという。
こうしてメンバー一人ひとりに生まれた変化は、少しずつ周りの人や地域へも伝わっていった。
防犯パトロールは、地域づくりだった!
人を変えることはできないけれど、自分を変えることはできる――。
自分が変わることで人も変わる様子を、メンバーたちは何度も目にしてきた。
「ランニング中にゴミを拾い続けた場所には、いつの間にかゴミが捨てられなくなっていました。そんな様子を目の当たりにすると、地道な活動でも継続することで、少しずつ周囲にも浸透していくのだなと思います」と菅原さん。
「一カ月に一回、マンションの共有部の階段を掃除しているのですが、ある日、私の留守中に家族がその階段を掃除してくれていたんです。私の姿を見てくれていたから、自分も…と思ってくれたのでしょう。同じように、誰かがゴミを拾っている姿を見ることで、自分が捨てたらこういう人が拾っているんだ、ゴミを捨てちゃいけないと思ってもらえることは確実にあると思うんです。パトランに取り組むメンバーたちの姿を見てもらうことで、周囲の方の防犯への意識も向上していくのではないかと期待しています。自分たちの地域のために防犯活動をしてくれている人がいると知るだけでも、知った人の意識が変わる気がするんです。地域の中では、すごく意味のあることだと思います。」と遠藤さん。
岩佐さんも「パトランに参加する人が増えることによって、防犯への意識を周りに与えられる人が増えるはず。それだけでも、地域に対して変化を起こすことにつながると思っています。」と話す。
活動に参加することで自然と防犯意識が育ち、意識を持ったメンバーが増えれば地域が変わる。
佐さんたちメンバーは、まちを走り続けることで、防犯活動を通じた地域づくりの一端も担っているのだ。
パトランを日本の文化にするために
「パトラン活動の輪を拡げ、メンバーを増やしたい。」
それがメンバーみんなの共通の想いだ。
「仕事を終えた夜に、家の近くや子どもの通学路をランニングしながら見回っています。一人では回れる地域も狭いし、できることにも限界があります。同じ保護者や地元の仲間たちに、少しずつでも活動を知ってもらい、いつか地元でもチームを構成できたらいいなと思っています。」と宝塚市から参加している今中さん。
活動が広がり共感する人が増えることで、さらにパトラン活動が根付くことを期待しているのは原さんだ。
「僕がパトランTシャツを着て走っていることで、周りにいる小学生や中学生たちもパトランの存在をわかってくれています。こうした小さな積み重ねによって、パトランが地域に根付きそれぞれのまちの風土になればいいなと思うんです。『パトラン? 昔からあるよ』って、当たり前の活動になっていったらいいですね。」
自分から行動を起こせば、何かが変わる。そう思ってパトランにも、自分の周りのゴミ拾いにも取り組んでいると話す岩佐さん。
「『地域住民が自主的に取り組める、新しい防犯スタイルを日本の文化にしよう』というパトランの理念を実現するため、もっと地域のみんなで取り組める活動に育てたいと思っています。」
(取材日 令和元年12月8日)