スティールパン楽団「ファンタスティックス」
神戸市長田区

世界大会1位入賞にかけられた言葉は「ありがとう」

精力的に活動を続けていたファンタスティックスだったが、令和2年には、新型コロナウイルスにより歩みを緩めざるを得ない状況になった。80人近くいたスクール生は、一時30人にまで減少。
東京からのリモート指導による練習となり、密集を避けるため全員が集まれない日々が3ヵ月も続き、メンバーたちは「辛かった」と振り返った。
アスタスティールパンコンサートは中止。20回目の記念となるKOBEスティールパンカーニバルは、須磨海岸から地元の新長田に会場を移し、規模を縮小しての開催となった。
しかし、そんな中でも楽しむ工夫は忘れなかった。リモート演奏「おうちにいようプロジェクト」を発案。NHKみんなのうたで人気の曲を、メンバーそれぞれがスティールパンで演奏している様子を動画に収録。編集で合奏に仕上げたリモートアンサンブルに、募集した子どもたちのダンスを合わせて動画を配信した。
「自分たちの演奏で、子どもたちがこんなにも楽しそうに踊ってくれるんだ!」と、メンバーたちも新しい体験ができたという。


さらに、毎年7月に南アフリカで開催されるコンテスト「国際マリンバ&スティールパンフェスティバル」が、録画動画での開催となったことで、ファンタスティックスも初参加。アレンジや音の強弱の変化、表現力の高さが評価され、参加した部門の中で見事1位に輝いた。
「周りの方たちから『コロナ禍で気持ちが落ちこんでいたが元気になれた』『勇気をもらえた、ありがとう』と言っていただきました。自分たちの演奏で、感謝してもらうことができたんだと思うと、本当にうれしかった。」と安里さんが話す。
自分たちの演奏を通して、人々が喜ぶ姿に触れることができる! 演奏を通してみんなが感じたのは、音楽の力だった。

 

KOBE 100PANプロジェクト

160人超が集まってスティールパンを演奏


宮城県での演奏会

被災地の皆さんへ、音楽の力で元気をお届け


音楽がみんなの喜びや励ましになってゆく!

平成25年と平成27年の3月、ファンタスティックスは東日本大震災で甚大な被害を被った宮城県へ出向き、演奏会を開催した。
「震災で更地になってしまった建物跡で、地元の人たちに演奏をお届けしました。印象深いのは、涙を流しながら聴いている方が多かったこと。演奏後には『辛いけど頑張るわ』と、笑顔になってくださいました。音楽を通じて心を癒し、希望を届けるというファンタスティックスの目的が、ちゃんと伝わっていると感じました。」と斎藤春美さんは話す。


一方、地元・新長田の商店街でも、1月17日に開かれる阪神・淡路大震災祈念イベントで演奏を行うことがある。特にメンバーたちの印象に深く残っているのは、平成27年のイベントだ。足を止めて聴き始める人たちや、一緒に歌い出す買い物客がいる中、演奏している目の前で涙を流す人を目にした。
「心を動かす音楽を届けることができた!」と、忘れられない体験になったという。
最初は、自分の楽しみのために始めたスティールパン演奏だった。しかし、「毎年このコンサートに来るのが楽しみになった」と言ってくれる地元の高齢者や、「イヤな気持ちを抱えていたけれど、演奏を聴いたらすべて忘れられた」と喜ぶ人に出会い、聴いている人たちの気持ちが変化してゆく様子に触れることで、自分たちの音楽が誰かの喜びや癒し、励ましになることがうれしくなっていった。
「『楽しんでください』と伝えなくても、楽しみにしてくれている人がいる。自分の楽しさが他人の楽しさにつながるって、すごいことだと思っています。」と話す菅原さん。
スティールパンがつないでゆくものは、音楽の楽しさだけではなかった。

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