俺たちの武勇田
香美町小代区貫田地区

棚田から人のつながりが生まれた

当初から地区の人たちが結束したのには理由がある。もともと貫田地区には、消防団活動を中心に世代を超えたつながりがあった。また土木技術者が多く、地区内の作業や工事などを週末に請け負う「ホリデー交業」と名付けた作業部隊をつくり、一緒に仕事をしたり酒席を設けて交流を深めたりしていた。
そのホリデー交業のメンバーを中心に、集まった有志は12人。米づくりに関しては、ほぼ全員が未経験だったが、草刈や水路の確保に始まり、田起こし、田植えと、経験者のアドバイスを受けながら「イベントのように行った。」と言う小林さん。
その後、草刈に励んでくれる人や、水の管理に足を運んでくれる人、田んぼの空いたスペースを埋めるため苗を手植えしてくれる地区の“おばちゃん”たちなど、多くの人の協力のもと9月には稲刈りを迎え、無事に初めての米を収穫することができた。
この武勇田の米は、SNSでの発信やメディア取材を通じ、徐々に認知度が向上。学校給食や温泉旅館など販路が開かれてゆくと同時に、人とのつながりも生まれていった。
3年目を終える頃、京阪神地区の大学の女子学生が「ゼミで手伝わせてほしい」と相談にやって来たことをきっかけに、大学との交流がスタート。国際ワークキャンプ(*)を通じた海外ボランティアの受け入れも行った。また、田植えをイベント化してSNSで発信したことで、多くの人が棚田へ農作業体験やボランティア活動に訪れることになった。
棚田へ訪れたことをきっかけに、地域おこし協力隊として貫田地区に移住。地区の住人と結婚し、ゲストハウスをオープンさせた人がいる。大学との交流が生まれるきっかけになった当時の女子学生、田尻(旧姓:北田)茜さんだ。
「茜さんがゲストハウスを開いてくれたことで、ボランティアたちの拠点が生まれ、活動に参加してもらいやすくなりました。家族連れや看護師、学生など、毎回その時期ごとに多様な人がやって来ます。この地区に来てくれた人たちがハブとなり、そこから新たな交流が広がることで、若い世代の人たちとの距離が近くなったのは、この地区にとって大きな収穫です。」と小林さんは話す。
さらに、棚田を守る有志として武勇田が知られるようになったことで、地元の中学校や高校との連携も生まれた。特色ある学校づくりを進める高校が、総合学習の一環として棚田での農作業体験を依頼。学生たちは苗の手植え、草取り、手で稲を刈り取る作業を行う。
「こんなに大変な作業をして、お米がつくられているとは思わなかった。お米をつくっている人に感謝したい」と感想を述べる学生もいるという。
小林さんは「手で苗を植えたり稲を刈ったりするなんて、今の日本ではわずかな人しか経験できないこと。このような取組を武勇田が手伝うのは、大切なことだと思っています。」と話す。
順調に前進を続けるように見える武勇田だが、これまで多くの壁を乗り越えてきた。

 

*国際ワークキャンプ:1920年から始まった、各国の国際ボランティアNGOが運営する合宿型のボランティア。国内・海外で世界の仲間や住民と一緒に、地域社会の環境、福祉、文化の改善を目指し、海外約90ヶ国3,000ヶ所・国内50カ所以上で開催。

 

手植えの様子

一本一本丁寧に行われる手植え


 

地元の学校に通う生徒たち

総合学習の一環として棚田での農作業を体験中


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